海の波の話をする前に、光の波のお話をします。
私の友人・知人には現在でも半導体のリソグラフィーに精通した方が多いので、知っている方は読み飛ばしてもらってもよい内容です。
私は、1986年に光学メーカーHOYAに就職し、半導体用フォトマスクの技術者として社会人のスタートを切りました。
ちなみにフォトマスクというのは、一昔前の写真のネガのようなもので、ガラスのプレートの上にクロムなどの金属を使って、回路などのパターンが形成してあります。そのフォトマスクをステッパーやスキャナーに搭載して、レジストを塗布したウエハーの表面に光(レーザー光)で透写・縮小露光し、現像・エッチングプロセスなどを経てウエハーにパターンを形成します。
学生のころは海に関する仕事がしたくて神戸商船大学(現在の神戸大学海事科学部と海洋政策科学部の前進?)の大学院に進んだのですが、研究航海に出た時の船酔いがひどくて、どうにもこうにも使い物にならなくて、“こいつは海の仕事には向いていないな”という教授の計らいで東京に出てきました。
その当時、半導体は設計ルールが2μmくらいで、ニコンやキヤノンが製造するステッパーと共に、日本の半導体業界が非常に強い時代でした。
現在、官民挙げて日本の半導体を復活させようとしていますが、ターゲットとする最先端の設計ルールが2nmと言うことなので、当時の千分の1の小ささまで技術が進歩してきたことになります。
技術者としてフォトマスクのプロセス開発の仕事を始めるとまもなく、サブミクロン(1μmよりも小さなパターン)の時代がやって来ました。その当時から半導体技術の進歩の速度は非常に早く、毎日、
「早く成果を出せ!!、残業はするな!!」
と馬車馬のようにみんなが一生懸命働いていました。
その一方で、半導体の微細化はやがて限界を迎えるだろうという話も聞こえ始めてきました。
というのも、光の回折や干渉が問題となって来るだろうということです。ステッパーやスキャナーはパターンの転写にレーザー光を使っています。半導体のパターンがどんどん小さくなってきて、レーザー光の波長より小さなパターンは、光の回折や干渉の影響を受けてうまくウエハー上に転写できなくなるという理論です。
もちろん、レーザーも技術の進歩によって、より短い波長のレーザーが開発されてきました。しかし、世の中にそんなに都合の良い光源があるわけでもなく、大まかに設計ルールがレーザーの波長の1/2くらいが限界だろうと言われていました。
その壁を打ち破ったのがRET(Resolution Enhancement Technology)です。これは光の回折や干渉を受け入れて、フォトマスク側でその影響を緩和するパターンを作ることから始まりました。下の絵はOPC (Optical Proximity Correction) という補助パターンを使った最も初期のRETです。そのまま転写したら小さく丸くなってしまうので、角に補助パターンを付けてその影響を小さくする工夫をしていました。
やがて、光の屈折や干渉を積極的に利用して、ウエハー上のパターンを作りたい箇所に光のエネルギーを集中させる方向へと技術が進み始めました。
このRETも初期の頃は日立を始めとする日本の半導体メーカーがアイデアと技術の両方を牽引していたように覚えています。
しかし、そのうちシリコンバレーなどアメリカなどでも技術開発が活発化してきて、“計算機リソグラフィー(Computational Lithography)”という、なんとも難しい技術が発達してきて、私のアタマなんかでは
“なんで、マスク上のこのこのパターンがウエハー上では
こんな形にるの???”
という状況になって来ました。
ここで、BingAIを使って、ステッパー&スキャナーで使用しているレーザーの波長と、そのレーザーが使用された半導体の世代をまとめてみました。単位はナノ・メーターで統一しています。
・1,000nmから350nmの世代では、
波長436nmの g線or波長365nmの i線
・250nmから180nmの世代では、
波長248nmの KrFエキシマレーザー+RETが登場
・130nmから65nmの世代では、
波長193nmの ArFエキシマレーザー+RETを本格活用
・45nmから10nmの世代では、
波長193nmのArFエキシマレーザー+RETを最大活用
・7nm代以下の世代では、
波長13.5nmの 極端紫外光 (EUV)+RETを最初から活用
私は半導体業界にいたのが、だいたい45nmくらいなので、その先は見ざる・聞かざる・関わらざるできているので、これが正しいかどうかは分かりません。
しかし、現在も最先端のスキャナーの仕事をしている、友人に聞いたところによれば、“RETは先端品においても総動員でてんこ盛りの技術ですよ。”ということなので、変わりはないようです。
この数十年の半導体の微細加工技術の進展には、光の波としての特性を使い尽くそうという、世界中の技術者たちの努力の積み重ねがあったものと理解しています。
私が沈没寸前の自分の会社を立て直すべく、週末ごとに海岸を歩きながらあれこれ考えているうちに、海の波のエネルギー、特に砕波の活用を考え始めたのが約12年前です。
海の波を利用するのは、これからがブルー・オーシャンなんだろうと。