フルメタルジャケット 海とサーファーが教えてくれた その45 | フルメタルジャケット

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こんな時代だけれど、日本のモノづくりを再起動したい。

 第7章 サーフィン発電

[1].舵取り
 南房総への歩きつなぎのてくてく旅を終えた10月17日月曜日からのその週のウィークデーは、仕事の面では1つの節目となる週でした。国からと県からの委託事業を進める当社にとっては、公的な年度の区切りに従ってスケジュールを組むので、4月から9月がその年度の前期、10月から翌年3月が後期になります。10月17日は前期の成果報告を行う週になっていました。
 委託事業にはそれぞれ事業期間というのが定められています。当社の受けた委託事業は両方とも2年間の事業でした。そしてこの時は2年目の前期の成果を振り返る時となっていました。2年間の委託事業と言っても、初年度は夏前に審査が始まり決定されるのが夏。そして、開始が8月の終わりから9月になっています。従って実質的には後期の半年間しか事業期間がありません。また、2年目の後期は年が変わって1月に入るとまとめの段階に入りますので、前年の12月までにおおよその成果を上げておかなければなりません。こうして考えると、一番事業に集中できるのは2年目の前期と言うことになります。
 その2年目の前期の始まる直前に東日本大震災が発生し、しばらくは世の中の動きが止まったようになり、あてにしていた資金調達が振り出し、いや、振り出し以前の状態に戻ってしまってしまいました。だから事業の進展が思うように進んでいるはずがありません。
 このような大きな天変地異が起こったときには、経営者は何よりも経営の舵取りが重要です。しかし、委託事業と云うのは、やり始めたらなかなか変更がきかない、融通の効かない面がはっきりと見えていました。事業規模の縮小やゴールの変更は認めて貰えません。国や県の担当の方からは、こんな時だからこそ目標を変えずに事業をやり通して欲しいと要請されていました。元々資金が乏しく、既存の顧客、マーケットを持たない当社にとってはそれは非常に厳しい要求でした。それでも、もし、委託事業が無ければ、間違いなく震災後直ぐに経営が立ちゆかなくなり、倒産の憂き目にあっていることは自明でした。それを考えるとまだまだ恵まれた方だとも思っていました。

 そこで取るべき戦略は、できるだけ普段の出費や投資を抑え、後送りにしながらベンチャーキャピタルを中心とした民間からの資金調達の道筋を早く着けることでした。これを航海に例えるならば、成果目標が目的地、社員は船の乗組員、そして航海を行う燃料は公的と民間調達の資金です。船長である私が取った航海術は、目的地と船員の数は変えずに、もっと正確に言うと、変えることは許されずに、燃料の消費をできるだけ抑えながら、なるべく近くの島で燃料の積み込みを行うことでした。
 燃料を供給してくれるのはベンチャーキャピタルということになるのですが、これがなかなかくせ者で、夏頃には、いろんな島から燃料が有るから寄港して下さいと誘われるので行ってみますが、どこも燃料を分けてくれるところはなく、やがて寄港する島も無くなって行きました。そしてこのころには、交渉相手のベンチャーキャピタルを1社に絞って、唯一の航路を島伝いに辿って行きました。それでもなかなか燃料を補給してくれる島はなく、1つの島に期待を持ってたどり着けば、次の島まで行けば燃料を供給してくれると言われることの繰り返しでした。
 こうなってくるとその次の対策も考えなければなりません。委託事業を完了までもって行くことと同時に、委託事業が終了する次年度の4月以降の会社の生業について現業に頼らない方向も考え始めていました。それは、新規に新たな事業を考え出すのではなく、波力発電の推進から新たなビジネスを構築することでした。東日本大震災に大きなショックを受けて、何とか日本を元気にしたい、自分として社会貢献できる何かをしたいと考え始めたことが、徐々に自分の会社のサバイバル方法の柱にもなってき行きました。



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