その4月30日には、河津駅からこの旅のゴールの伊豆急下田駅まで歩きました。この辺りは海がとにかく綺麗でした。この日は天気も快晴で、南伊豆は初夏を思わせる陽気でした。この年、始めてTシャツ1枚になって歩きました。歩きつなぎのてくてく旅を始めたのが前年の晩秋、11月の終わりでした。それから気候はどんどん冬に向かい、小田原の酒匂川で寒風に吹き付けられました。それから徐々に暖かくなってきた時に東日本大震災が発生、約1ヶ月間の中断期間を挟んで再開したときには春満開で、そして初夏へと季節が移ってきました。時間をかけて歩くことは、それだけ様々な季節と風景に出会うことができます。
特にこの日のコースは、岩場の磯辺を歩き、白く大きな砂浜を歩き、高台から大海原をながめるなど、様々な海を眺めることができました。そして、夏の海水浴場として有名な白浜海岸の少し北側、白浜中央海水浴場という標識がある砂浜の入口に、ヘリポートがあるのを見つけました。この辺りはあまり交通の便が良くないので、急患や事故、災害などが有った際にはここにヘリコプターが飛んでくるのでしょうか。精しいことは判りませんが、このヘリポートとその先の海を見ながら震災のことを思い出していました。
震災後、自分にできることは何だろうかと。
多くの人達がボランティアとして被災地に駆けつけ、また、裕福な人達は多額の募金をすることが報道されていました。私は、健康が万全ではないので、被災地に行ってボランティアをするのも足手まといになったり、かえって迷惑をかけてしまう可能性だってある。かといって、自社の日々の資金繰りに苦しんでいるくらいだから、多額の寄付をするお金も無い。震災直後から、ブログを通じて、それなりの形で被災地に、そして日本全体に向けて自分なりのメッセージを発信してきてはいましたが、それだけではまだ物足りなさを感じていました。
震災の前から漠然と考えていた波の力を使った発電方法を真剣に考えようと思い出したのはこの頃でした。南伊豆の雄大な海の景色に刺激されたのと同時に、旅の終わりの日に次の何かをしなければならないという思いが重なったからでしょう。
この日の夕方、伊豆急下田駅からの帰りの電車の中、この時始めて5月31日まで開催の第7回伊豆急全線ウォークの中吊りポスターを眺めました。それまでもポスターがあるのは知っていましたが、その中身をゆっくりと見ることはしていませんでした。伊豆急全線ウォークというイベントがあるのは知っていたけれども、その内容に気を止めていませんでした。自分は逗子から歩きつなぎのてくてく旅を続けてきたので、伊豆急行沿線内のウォーキングイベントにあまり興味が無かったのです。ところが、その内容を見るとなかなかおもしろそうで、もっと早く気が付いていれば良かったと思いました。
そして、その年の秋から始まる第8回伊豆急全線ウォークには必ず参加しようと心に誓っていました。
こうして私の最初の歩きつなぎのてくてく旅は無事に終了となりました。横浜を離れて遠くにウォーキングに出かけることには、最初の内は不安がありましたが、こうして歩き終える頃には、そのような心配は殆どしなくなっていました。やはり、案ずるより産むが易しです。
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