先日、1月から2月にかけ、(中国)唐の時代の有名な書道家である顔真卿の特別展が東京国立博物館で開催されましたことはご存知ですね!
 私は学生時代、顔真卿や柳公権や王義之の碑を
臨模したことがあり、今も暇な時には臨模したいなと思いつつ、なかなか時間がなくって、、、、
 中国の諺で、一年の計は春にあり、以下は“春”という漢字の中国の書道家が書いたいろいろな拓本です。

 もうすぐ中国はお正月になります。中国では昔から“春聯” や“福”という字を貼る習慣が有りす。
 そして、福という字を逆さまにして、貼っています。日本には最近よく店でも見かけるようになりました。
 今年はある中国人の若者が、「福」という漢字を中国の都市をイメージして作りました。では見てみましょう。

[難波中国語教室]




2019年、最後の初詣。
神社に行く途中、今までの初詣と比べて、今年は日本語よりも外国語を沢山聞いた気がします。
昔は和服を着る人もいましたが、今年もそれが少なくなった気がします。


ここ2、3年で観光客が増えて、今では毎日人で賑わっていますが、昔はお正月のこの時期に人が増えて特別感がありました。
平成最後の今年も素晴らしい一年になります様に。



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秋が始まろうとする頃に、人々も観光地のあちらこちらで現れ始めます。山一面を赤く染める紅葉、絵画のように美しい自然風景が他とは違った格別な色を足してくれます。

日に日に冷え、秋も益々深まります。
昨日まであった、枝木とともに青空白い雲、生き生きとお互いを引き立てあう一枚一枚の葉は、今日にはもう彩り鮮やかな巨大な絨毯に編み込まれ、分厚く大地に敷かれているようです。

秋の夜のおぼろげに暗い明かりの下で、もし身をかがめて耳を澄ましてみれば、あなたもきっと秋のささやきが聞こえてくるでしょう。




刚进入秋季,人们便开始三五成群地出现在各个景区,为那漫山遍野的红叶,美得如油画般的自然,增添一些别样的色彩。

天日渐转凉,秋也越来越深。昨日还在枝头上与蓝天白云 相映生辉的片片叶子,今天都被织进了色彩斑斓的巨大毯子里,厚厚地铺在了大地上。

秋夜朦胧,在幽暗的灯光下,你若蹲下身子侧耳聆听,或许还能听见细细的秋日之语来……

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乐不思蜀:
三国时蜀国昭烈帝刘备死后,刘禅即位。诸葛亮死后,蜀国灭亡。后主刘禅投降了司马文王司马昭。司马昭宴请刘禅,故意安排蜀国的节目,刘禅看得津津有味,司马昭问刘禅感受如何,刘禅说:“此间乐,不思蜀”。司马昭讥笑他麻木不仁。人们根据这个故事,引申出“乐不思蜀”这个成语。
〈〈日本語訳〉〉
乐不思蜀:
三国時代蜀国の昭烈帝刘备の死後、息子の刘禅が即位しました。
诸葛亮の死後蜀国は滅亡しました。息子の刘禅は司马文王司马昭に降参しました。司马昭は刘禅を宴に招き、わざと蜀国の出し物を用意したため、刘禅はとても興味津々で観ました。司马昭が刘禅に感想を聞くと、刘禅は「此间乐,不思蜀」(今この瞬間が楽しい、蜀のことを思い出さない。)と答えました。
司马昭はそれを見て、物事に関して反応がないと嘲笑しました。
それから人々はこの出来事から、この【乐不思蜀】の四字熟語を作りました。

解释: 
很快乐,不思念蜀国。比喻在新环境中得到乐趣,不再想回到原来环境中去。
〈〈日本語訳〉〉
解説:    
とても楽しく、蜀の国の事を想い出すことはない。
新しい環境の中で、新たな楽しみを見つけ、元の環境に戻りたくなくなる様の例え。

造句:
  一到秋天这里枫红染遍群山,让人乐不思蜀。
〈〈日本語訳〉〉
例文:
   秋になり、この山一体の楓が赤く染まり、人々に【乐不思蜀】を感じさせる。





蘇州は中国江南地方の都市で、古くから東洋のベニスと言われるようにとても美しい昔ながらの水路の街として有名です。

蘇州の中で特に平江路沿いに流れる水路あたりは、茶館や土産の絹織物、刺繍を施した扇子などのお店が並んでいる静かなエリアでした。
他と比べると、観光客も比較的少なく水路の向こう側には白い漆喰の壁に灰色の瓦屋根が並ぶ昔ながらの江南地方の暮らし並みが垣間見えました。

家の前の階段を降りると直接水路に降りれて、そこで何か洗っている地元民の姿も見えたりして、実在する桃源郷のような気分になれました。

またイタリアベニスのゴンドラのように、この水路を進むための5人乗りの小船も行き来しています。

たまに舟こぎのおばさんが蘇州の歌、蘇州好風光など歌ってくれて横に揺れるしだれ柳と優しいそよ風に時代を感じることができます。

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皆さんもご存知のように先日 ベルギーと 日本のwカップサッカーの対戦試合がありました。
ベルギーに最後の数分で日本は敗れてしまった訳なのですが、その 一連の試合とその後の 行動に関してに日本チームは 大変好評価を受けました。

日本チームはワールドカップ出場国の中で61位、それに対して、ベルギーチームは世界3位とその差は圧倒的にベルギーチームの が上です。その中で最後の点を れられるまでのベルギーと日本の接戦は に汗を握る試合でした。
 
またそれ以外に外勢が驚いたのは、敗戦したにもかかわらず、日本のサポーターたちは泣きながらも観客席に落ちているゴミを集め、帰りにはゴミひとつ落ちていない状態でした。
また、日本チームの控室も、まるで使ってないような綺麗さで、最後にロシア語でありがとうというメッセージを残して感動を与えたと 中国のメディアで伝えられました。

まさに、「立つ鳥跡を濁さず」という諺の通り、 日本チームはその行動でも世界に感動を与え
ました。
 そもそも、日本では学校での部活で後片付けやゴミ集めをしていますが、世界から見てみると際立つ礼儀正しさがクローズアップしてきます。





  

今中国ではカード決済、電子マネー(wechat払い)などがとても便利になっていて、朝ごはんを買うのでさえも、携帯一つさえあれば買えるようになっています。現金を利用する機会の方が少なくなってきています。

ですが、やはり国外へ旅行する際は現金を持って行きます。旅の初めでは各硬貨をうまく使い分けられず、広げた硬貨の山を店員に見せて分けてもらいます。
旅も終盤になると硬貨を正しく選びながら、"お金を使う" という感覚を楽しみます。
もちろん電子マネーは便利ですが、この"お金を使う"という感覚を失いやすいですね。
私たちが出会った一人目の少数民族は、麗江から泸沽湖への4、5時間の山道を運転してくれたドライバーでした。

 この日、私達はそのドライバーと民宿の前で待ち合わせていました。
ちょうど時間になって現れた車は白いフォルクスワーゲンでした。そして戸惑っている私達の前でドアが開き出てきた人は、全身黒の腰を落としたサルエルパンツを履いた、金髪オールバックにサングラスの、ちょっとガラの悪い若者という感じでした。

そのような感じで恐る恐る始まった泸沽湖への旅だったのですが、途中彼と話してみると、意外にもしっかりした優しい青年で、彼が電話に向かって話している言語が中国語ではなかったので、不思議に思って尋ねてみると、彼は雲南省のイ族出身で、話していた言語もイ語だそうです。
何故かその言語は不思議と日本語のような韓国語のような感じがしました。

お気に入りは日本の映画だそうで、車中で流れる音楽も日本語だったり、彼自身は本当に現代の中国の若者という感じでした。

彼の兄弟はみんな公務員として安定した仕事についているのですが、本人に兄弟と同じ公務員はどうかと聞くと、今のドライバーとしての仕事が自由で自分に向いていると語ってくれました。

ふと疑問に思って、彼はイ族の衣装を持っているか聞いてみると、持っているが、普段は使わず、お葬式や特別な時のみ着るのだそうです。
すると、彼がふと景色を見ながら、
来る途中でお墓の石碑など見なかったでしょ?と言いました。
どうしてか尋ねると、この辺の地域に住むイ族はみんな亡くなると火葬をして、その灰は自然に戻すため、石碑はいらないそうです。

 私達と変わらない生活をしながらも、高原地域に住む彼ららしい生き方を少し垣間見た気がしました。