きつねのおきゃくさま -13ページ目

きつねのおきゃくさま

四月だし、何か新しいこと始めたいな~と、今更ながら初めてblogに挑戦☆

何度も振り替えってみてるんですが、

や~、後で振り替えれば振り替えるほど美化されて、私を幸福にさせる。

あれほどの至高体験は後にも先にもないんじゃないかという感じだった。全てが全力で1つのミスも手抜きもなく、掛け合わせも絶妙に完璧で、全てが設計どおりに体現され、エネルギーの強さが最大でしかも対等で、プロ同士のぶつかり合いで、しかも基本がしっかり体得されているからの外しの粋さ…、軸には沢山のプロセスを踏んだからの大きな愛。

渦中は命懸け死にかけだったけど、今となっては初めて、自分にブラボーを贈りたいと想えた。

ヘプバーンにとってのローマの休日、真央ちゃんにとってのメダルの時と同じだったんだと思う。もう、圧倒的最高。感謝。
死の定義はいくつかあるようなので、

私は死んだのではないかと思う。

もしくは死 という状況を通過したことがあるのではないかと思う。

経験者として、苦しんだ先のその後の死の寸前は、非常に快楽をもたらすのだと知る。

死は、気持ちが良いのだ。我々は恐れることはないのだ。

生も死も、宇宙との調和だ。
最近、別人だとよく言われる。

キャラクターの変換、
風貌の変化、
あとは関西弁喋ったとき。

人生レベルでもキッカケを意識してたし、仕事コンピテシーが丁度よい機会に恵まれたし、まぁそうだろなとも思うけど。
でも思った以上に別人だったみたいだ。

芸術の薫りが無意識に入っている気がした。人生で遊び心を入れてるようだ。
音楽なら一楽章と二楽章の対比、美術絵画でも対比はキャンバスにしばしばテーマとして描かれる。

私の場合はなんだろ
若さと老いの対比?(笑)
動と静の対比
主とサブの対比
フリーと堅さの対比
目的メインと枠の最優先
異端と常識
表面主軸と内面主軸
緊張と弛緩
依存と自立
差異と同等
嫌悪と肯定

もしかしたら、私の気づかないところに沢山まだあるのかもしれない。
賛否あるだろうが、すごく、楽しんでいる、私。こんなに人生を楽しむ力があったなんてと驚いているんです。

きっと誰も私だと解らない(笑)