今日は母の日。
わたしの母はもう亡くなりました。
80代後半になっても元気だったんですよ。
本を読んだり新聞を隅から隅まで
読んだり、しっかりしてる人という
印象でした。
だけどね突然のおわかれでした。
だから”悲しい”というよりも不思議という
感覚の方が最初は大きかったんです。
母が作った料理はお鍋にまだあるのに、
自分の寝具をシーツもピーンと
整えてそのままあるのに、
本人は死んでしまってるってどういう事?
頭が追い付いてなかったんでしょうね。
悲しみが来るのはもっと後の事でした。
昨日のセッションで偶然ですが、
午前も午後もクライアントさんのお母さんの
話が出たんですよね。
お一人の方はモラハラ寄りのご主人が
同居の実母のあれこれを言って来る事に
どうしても揺さぶられてしまう。
そうするとそこがポイントだと見切られて
そこを突いてくるんですね。
モラハラには反応しないが一番の反撃なのに
そこだけはなかなかスルー出来なかった。
でもそこも乗り越えられて、
『彼がいようがいまいが自分は何も変わらないんだ』
とストンと思えるようになって、
ご主人は見違えるように変わりました。
じゃあなんでお母さんへの批判には
反応してしまってたのか?
その元になる記憶が、セッションの途中で、
「思い出した事があって、昔何度も思い出してた
出来事があって」と突然なんですけど
と前置きをして話してくれました。
それは6~7歳の頃のことです。
身体にほんの少しの障害がある方を見て、
それが悪い事とも知らず見たままを
言ったそうなんです。
それは「目が大きいんだね」と同じ感覚で。
一緒にいた2~3歳下の友達と一緒に。
そうしたら友達のお母さんが、
「そんな事を言うもんじゃない!」
と駆け寄ってきたので悪いことをしてしまったな
と動揺したそうです。
そうしたらそのお母さんが続いて、
「年上のあの子が言うから、うちの子は
ついて言ってしまっただけなのよね」
と言ったそうです。
なんだか納得できないもやもやとした感情。
でもそれを言語化は出来ませんでした。
そして大人になるまでこの場面を
何度も不意に思い出してしまう。
だからこの時の感情を言語化しました。
──────────────
同じ事をしたのに、躾をしてる風で
悪いのはうちの子じゃなくてこの子、と
すごい屁理屈を並べてるこの人に
まずは怒りの感情が湧きました。
でも次に起こったのは、
確かに自分は悪いことをしたから何も言えない。
という自省の気持ち。
次には、こんな怒られる事をした上に
全部わたしのせいだ!と言われてるのは
お母さんまでも否定されてると感じました。
そして、
・お母さんまで悪く言われる事をしてごめんなさい。
・わたしが全部悪い=お母さんが全部悪い
と言われたのに反論できなくてごめんなさい、
が心の奥に残って行きました。
──────────────
だからね、大人になって知恵も力も
つけた自分が『お母さんを守らない』
なんてもう出来ないの。
後悔したくないからね。
でももう十分だから。
そんなに思ってる事はしっかりと
伝わってるから、
もう守らなくて大丈夫。
それにお母さんは自分で自分を守れるから。
それよりも愛する娘が自分を
幸せにして行ってる事の方が嬉しいからね。
こうやってこのクライアントさんが
ずっとひそかに持ち続けていたものは
消えていきました。
もうお一人は、
改めてお母さんの愛の大きさに
気づかれたという方でした。
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