28年前の長男の不登校の話。
前編に続き後編です。
前編はこちらです
ガチガチに固まって自分を追い込んで
走り続けていた母のわたしは、
全く自分の人生を生きていませんでした。
だから潜在意識の中は怒りや恨みや
悲しみや苦しさでいっぱいだったと思います。
でも止まれないの。
なんでかというと一度止まると
二度と動かなくなるんじゃないかと
感じていたから(潜在意識でです)
でもほんとは何もかも投げ出してみたかった。
だから息子は見事にそれを投影していた
という訳なのです。
それでもこの行き止まりの苦しい毎日から
逃れるために不登校に関する講演や
セミナーにいったり、
学校に行かないを受け入れようと必死でした。
そうやって表面だけは受け入れた振りで
なのに心底納得してると思い込んでいるという
母親はいっぱい見ました。
そしてわたしも多分その中の一人だった。
そうやって責めるのをやめようとして
何か月も経った頃に
夜中はずっと起きてゲームをして
明け方眠りにつくという生活の息子についに、
「学校にいかないのなら、それはもういい!
でもせめてきちんとした生活をしてよ!!」
我慢がついに限界になって叫んでしまってた。
そうしたらね、あんなに元気だったのに、
痩せて青白くなって生気の抜けた息子が
泣きながら訴えて来たのね。
「母さんにはわからないだろう!!
俺が行けない学校に、朝みんなが登校していく
音を聞くのがどんなに辛いのかー!!」
あれは衝撃でした。
いいお話をいっぱい聞いてたというのに、
息子の選択を受け入れようとか
思ってたくせに、一番辛いのはこの子だと
ほんとの意味でやっとわかったんです。
なんかね辛いのは自分とか思ってたの。
(恥ずかしいよね~)
そこからですね、いろんな事が
変わり始めたのは。
こんな風に自分の思いを
はっきりと言えるこの子は大丈夫なんだ
そう思えたんだよね。で、一日中
息子の事ばかりに気を取られることが
なくなっていきました。
それから自分のやりたい事に少しずつ
向かうようになりました。
そうやって目を離すと今度は息子が
フリースクールに通うようになり
そこで出来た友人たちと勉強もしながら、
自転車で20キロとか30キロ遠征したり
山や川や海に出掛けるようになって
いつしか日焼けで真っ黒で良く笑うように
なっていきました。
子供って信頼すると信頼できる人に
勝手に育っていくんだな。
何をあんなに心配してたんだろう?
もしかして
こっちが手放したくなかったのかも![]()
将来はもうホームレスしかないんだ。。
なんて思ってたのにちゃんと社会人として
ばりばり働いて、結婚もしてパパにもなり
「母さん、俺は今とても幸せだよ」
とこないだも言ってたな。
母も段々と母に育っていくんだよね![]()
そしてわたしも負けずに
ずっとずっと幸せでいようと決めてます。
個人的な話に最後までお付き合い
ありがとうございました![]()
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