自分という存在は分かっているようで、
実は分かってないことが多いもの。
分かってないから新たな発見も生まれます。
今日は、自己理解が進んだ出来事を書きます。
ちなみに個人的な内容のなのでためになりません。
ご了承ください。
今回気づきのきっかけを与えてくれたのは
こちらです。
「タフティ・ザ・プリーステス」
(Tufti)
この動画を見て自己理解が進みました。
自分を悩ませていたものは、
使い方によって武器になるかもしれない。
そんな可能性を感じました。
動画はこのように解説されています。
人は、
「内的スクリーン」(イメージ世界)
と
「外的スクリーン」(現実世界)
の二つのスクリーンを見ている。
動画を見て納得しました。
ぼくの過去に悩みにリンクします。
動画解説で言われる
「内的スクリーン」に勝手に入ってしまうという悩みです。
身体は存在しているのに意識が飛ぶ。
とくに興味のない時に起こります。
つまらない授業。
お偉いさんの話し。
誰かの自慢話し。
そういうものに出くわすと意識が薄らいで別世界に突入します。
意識はイメージの世界でしばらく過ごします。
どれだけ時間が経過したか分かりません。
ハッと、我に返ると現実は進んでいます。
その間、何が起きたか知りません。
「あなたは話しを聞いてない!」と怒られます。
自分でこう思いました。
自分の意識さえコントロールできない変な奴。
バレたらマズい。
(周りは気づいていたけど)
自分は変で恥ずかしい存在。
バレたら大変な目に遭うと信じていました。
意識が飛ぶのは悩みの元ですが、
実はメリットがあるのです。
それは現実では未解決なものが、
イメージの世界では解決できた状態で見えること。
周りが気づいてないことを「先取り」して見ています。
イメージを見ながら現実を近づけて手を動かしていくと
現実に変化が起きます。
そのおかげで、自分の実力以上のことができることがありました。
こういう言い方もできます。
イメージにあるものを現実に映し出す。
イメージ映像をトレースして現実を寄せていく。
ある意味、答えを見ながらやるので努力は要りません。
イメージを映し出すとはワープみたいなもの。
意識が飛ぶ(現実世界をワープ)?
ただ、今までその感覚をうまく活用できませんでした。
理由は、
すべてが感覚的なものだから。
意識が飛ぶことをネガティブに捉えていたから。
憧れはデキル自分。
情けない自分を卒業し優秀になりたかったから。
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これからはこうしよう↓
成れないものは諦める。
そのままの自分を受け入れる。
優秀には成れないし成らなくていい。
狙うと自分じゃなくなる。
そもそも難しい話しは苦手で意識が飛んでいたじゃん。
イメージが勝手に出てくるのはラッキーなこと。
それ使っちゃおう。
恥ずかしいと思っていた自分にOKを出す!
イメージと現実を行ったり来たりするのが自分の個性。
個性という言葉はなにかと便利。
ネガティブなものでも、
「それはあなたの個性だ!」と言えば本当にそうなるから。
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一つ書き忘れました。
Tuftiで言われているのは、
内的スクリーン(イメージ)と
外的スクリーン(現実)の間に「気づきの中間点」をもつこと。
イメージと現実をスムーズにつなぐのが気づきの中間点。
動画をきっかけに、いくぶん自己理解が進んだようです。