頑張らなくても大丈夫。



なにも、

「だらけるのがいい」と

言いたいのではありませぬ。




「頑張る」って心のどこかに、

「今のままじゃダメ」という

不安めいたものが滲んでないかな?




本当は、そうじゃないよね。



本当のパフォーマンスが発揮できる状態は

こんな感じ↓


安心して

自己信頼して

自分を愛して

ゆだねている状態。




するとね、

視界が広がるのですよ。



地上で見ていた視界から、

空高く上昇した視界へと。

(次元上昇的に)



視界が広がると

低い時は見えなかったものが見えてくる。




そうか、

「ここと、あそこを結べばいいんだ!」

という具合に見えてくる。




見えている状態の時は、

「頑張る」は関係ないのですよね。




そうか、


社会そのものが、

不安を土壌にしてるから

頑張らないといけないと信じ、

頑張ることが美徳になってるのでだろうね。



そうと気づいたら、

既存の通りのルートと新しいルートの

二つのルートが見えてきた。



選ぶのはもちろん、

あっちのルートですね!










今年の折り返し地点が過ぎました。


時間⏰が飛ぶように流れています。


この調子だと、

年末もあっという間に来そうです。



さて、残りの月日は

どのように過ごしましょうか?



一つ、「こうしたい」と

思っていることがあります。





それは、

他人の期待を背負わない。




あと、

関係のない困りごとに首を突っ込まない。





一つと言いながら

二つも書いちゃいましたね、




他人から期待されると、

つい頑張ってしまいます。



やりたいことじゃなくても、

「あの人が喜びそうだから」と思って

期待に応えようとするのです。、





裏返すと、

やらないとがっかりさせるかな?

という意識がはたらいています。




がっかりさせてしまうことの不安。

見捨てられてしまうかもという不安。




つまりそれは、

他人の感情に振り回されることを、

選択していたのです。



それを続けていたら、

ずっと、人の顔色を伺うことになります。





「関係のない困りごとに首を突っ込まない」

も同じで、


その時は、お役に立てて嬉しいるとけど、

案外、何も残らないものです。




わざわざ困りごとに首を突っ込めば、

四六時中、困りごとに向き合うことになります。




なんだかなぁ、

って思いますよね、




自分をだいじな存在として扱えば、

そのようなことはしないはず。




だいじなことを疎かにして、

余計なことで埋めているのです。




余計なことはしなければ、

本当にやりたいことに向けられる。




時間も、

意識も、

行動も、


しなくてもいいことに充てていた。




やらなくていいことはやめていく。



やめることでできた余白に、

今度は、やりたいことを埋めていく。




あなたは、

余白をつくったら、

どんなことを埋めたいですか?



余白ができたらぜひ、

自分の気持ちを満たすもので埋めたいですね。




=====



先日、名古屋の自動車博物館に行ってきました、


展示物をまじまじと見ていると、

関係者から声をかけられました。



その方は、レクサスの空力の研究をしている開発者でした。



実はぼく、空力や水流のような見えない流れに対して無性に興味をもちます。




ここぞとばかりに、

開発者を相手に質問攻め!




見えないところで、

何が起きているのか?


それは、

どのように影響を与えているのか?




わくわくしながら聞き入りました。




空力の研究開発者と話せるなんて

なんという偶然でしょう。



おかげで楽しい時間を過ごせました。




















部屋の窓から見える夜空に、

ぽっかりと月が浮かんで見えます。



そういえば、今夜は満月でした。




月は満月🌕もあれば、

半月🌓もあり、

三日月🌙もあります。




半月は月が半分になるのではなく、

光の当たり方によって、

月が半分に見えます。


  


月は球体。


でも、見る月日の時間帯によって、

見え方が変わります。



また、月は世界中の国の人々も見れます。



それだけでなく、

歴史上の人物はもちろん、

古代の人も、恐竜たちも見ていました。




さらに、何世代の後の未来人も

月を見ることででしょう。




未来人は、

月を見て何を思うでしょうか?




そんなふうに、

月を見ながら想像を膨らまました。




同じ月を見ても、


想像によって、

月に意味が加わったり

物語めいたものを感じませんか?




月を例にしましたが、

ぼくらは、日々、いろいろなものを見ています。



さらっと、何気に見ています。



いや、ほとんどの場合、

そこにあっても見えていませんね。




いろいろなものを見て、

そこに意味を見出したり、

物語を感じられるのは

心が豊かな証拠だと思います。




豊かさは、意識を広げれば、

そこにあると気づけるものだよ。



そのように、月が教えてくれた気がします。