ここのところ、

見てこなかったものを、 

見つめ直しています。




「見てこなかった自分」その①



痛みや悲しみのラベルが付いていて、

触れたくなくて

無自覚に避けてきた。



それはお金。



お金に張り付いていたラベルを剥がす

作業をおこなう。



避けてきたものから

ちゃんと向き合えそう。







「見てこなかった自分」その②


自分には全く当てはまらないと信じて、

思いつかなかったこと。



価値や人気は、

サービスや商品に付くと同時に

発する当人にも付く。


そこに自分も当てはまるとは

想像ができなかった。



ここも痛みのラベルが貼りついていて、

無いことにしていた。




見てこなかったもの=陰の部分




陰に光を当てるとは、

見てこなかったものを見ることで、

それは意識を向けることで、

闇に光が当たること。




光を当てれば、

無いと思っていたけど、

そこに「ある」と見えてくる。




「ある」ものを

そろそろ取り戻しにいこうか。





苦手な人からのLINEのブロック。

 

さらに電話を非通知に設定。

 

 

 

今日、決行いたしました。

 

 

 

 

昔からのお付き合いはあるけれど

毎回、唐突な物言いに振り回されていました。

 

 

 

 

無理難題を押し付けられる。

 

(仕事あるあるですね)

 

 

 

 

今度はいつ連絡がくるだろう?

 

 

 

それも小さなストレス。

 

 

 

 

 

ふと、思いました。

 

そうか、こっちから遮断したっていいじゃん!

 

 

そこで上に書いたとおり決行したしだいです。

 

 

 

 

 

 

すると、小さなストレスが一つ消えました。

 

 

 

我慢できなくないけど、

モヤモヤが心に引っ掛かる。

 

 

 

 

そういうのありますよね?

 

 

 

 

 

今回、ブロックして分かりました。

 

 

 

今までは、

「仕事だから我慢するのも当たりまえ」

「嫌なことも引き受ける」

 

 という前提でした。

 

(昭和だねぇ)

 

 

 

 

そう思い込みが作用するのでしょう。

 

 

人から雑に扱われてばかりでした。

 

 

 

 

上の者と、下の者と分けるとすれば

圧倒的に、下の者扱いをされてきました

 

 

 

 

 

だから、新しいことを始めようとしても、

 

 

きっと、嫌な人に出会うだろうな。

また、相手に振り回されるだろうな。

 

・・と嫌なイメージがついてきます。

 

 

 

 

我慢も仕事とという古い価値観。

 

(風の時代だと言ってるのに)

 

 

 

 

 

 

 

今こそ前提を変えるタイミングだ。

 

 

 

・合わない環境や人間関係とは距離を置く。

 

・自分に似合う(合う)ものを自分に与える。

 

・与えたものがフィットするか感触をたしかめる。

 

 

 

 

そういう自分へのやさしさがあっていい。

 

 

 

いや、自分にやさしくなければ、

本当の意味で人にやさしくなんてできやしない。

 

 

 

 

 

自分にやさしくない人とは付き合わなくていい。

 

 

 

↑これ、自分で選べるやつでした。

 

 なんで、スルーしてきたんだろう。

 

 

 唖然(笑)

 

 

 

不足から始めるものは、

心の穴を埋める行為のようです。




満たされている。

安心に包まれる。

不自由ない状態。




そうなれたら、

偽物の願いに惑わされないでしょうね。





現代人は忙しい。



逆に、空白がらあると不安になるのかも?




何もしないことに罪悪感を感じたり。



バタバタしていることで、

安心を得ようとするのかも。




そうやって誤魔化していると、

何が本当にだいじなものか見えなくなる。




個性を大事にしようと言いながら、

人と違う自分を見て不安を感じる。



違うところを隠したり、

できないことを隠したり、

逆に、出来すぎることも隠したり。




なぜ、そうやって隠そうとする?



もしかして、

正体を隠すことに一生懸命になっているかも。



さて、どうなのでしょう?




しばらく頭を空っぽにして、

身体に委ねてみよう。