今日の内容は共感が得られないけど、

書いてみます。


(気づきを深めるために)




今日、職場で、

意識を、我から場に移してみました。




「意識を場に移す」って謎ですよね(笑)





よければ、このままお付き合いください。




場から状況を観測すると、

職場全体がよく見えてきます。




「間がわるい人」、っていうじゃないですか?




間がわるい人がいると、場が乱れます。




流れが詰まり、

人の集中が途切れ、

ストレスが溜まってくるのがみえます。




効率もわるくなるし、

精神的にもよくない。




でも、

間のわるい人は気づけない。



(ただ、ぼくにとっていい実験でした)




場に意識を置いて見るとは、

全体性から見ることで、

見え方が異なります。




また、場に意識を置いたまま

声を発すれば、それは場の声になります。




人の評価は気にならず、

誰かへの遠慮もない。




ただし、 


本人に操作する意識が入れば、

一気に我に戻る。




「場に意識を置く」とはそういうもの。




========




日本は、

場を大切にしてきた文化があります。




茶道、花道、日本庭園、

神社やお寺の掃き清められているように

場をだいじにしてきたんですね。




静寂の中に安定あり。




そういう場には、

操作や評価が入りません。




日本の先人たちは、

場に意識を置けば状態を良くすると、

知っていたのでしょう。





今、日本に受け継がれてきた

場の精神性は薄らいでいます。



代わりに、

我の拡張の先に、安らぎや安定があると

信じていますよね?




でも、

なぜかそれらを追い求めても、

不安や不満は消えそうもありません。




意識を我から離れて場に移す。




それが状態を良くすることに

つながってそうです。




地味で、

賞賛もなく、

刺激もない。


だけど、

内面は整い、

静かに満たされていく。




意識を我から場に移す。



だいじなものを

思い出しているところです。



価値観の移り変わり

について話そうと思います。




今まで信じてきた

「成功」が揺らいでいます。


(いい意味で)




これまでぼくらは、

成果やお金にフォーカスし過ぎ

だったのではないかな?




お金って、すごくわかりやすい。



・数値化されている

・身近な物差し

・ランキング可能





一方、

自然界は「場の状態」を示すもので、

お金と違ってわかりにくい。




よって、

人はわかりやすい方に価値の基準を置く。





でもね、最近になって

「場の状態」こそだいじだと思えてきたのです。






例えてみましょう。



質問です。


あなたにとって心地よい場はありますか?



それは、どのような場ですか?




ちょっと思い出してください。




その価値はお金に換算するといくら位?





もし、手放すとするなら、

いくらで手放せますか?





もしかして、

お金に換算できない価値になるのでは?





だとすれば、

心地よい場は、お金以上の価値が

あるとも言えそうです。





でも、残念なのは、

人間は数字で見えないものには

価値を感じにくいのです。




今まで価値を感じなかった場にこそ、

とんでもない価値がありそうです。







場を表すものを例にしますね。



果実は、

肥沃な土地と、

恵みの雨と、

光を降り注ぐ太陽によって、

果実が成ります。




果実が成ると書いて「成果」ですよね。




場が整っていれば、

いくらでも果実は成ります。

(成果は生み出し続ける)






ということから、

豊かさの本質は、

果実(お金)ではなく、場にある。





場を作物ではなく人間に例えると、


・相談できる人がいる

・気にかけてくれる人がいる

・一緒に笑ってくれる人がいる

・一緒に泣いてくれる人がいる

・ご飯が美味しいね、と喜び合える人がいる

・手伝うよ!と言ってくれる人がいる




ここに書いたような場をもっていたら、

既に、とんでもなく豊かです。





成功の本質は、

果実(お金)よりも、場の状態にある。




いい場が整えば、

果実はいくらでも出来る。



本来の価値とは、

心地よい場(関係性の良い状態)にあり。




それならあるし、持っていた。



ありがた〜い、

あるものを認めていきましょう♪









最近、「成功」という言葉が、

馴染まなくなってきました。




タイトルに「成功」と

入れておいてなんですが、、。




昨日の投稿で、

人間は機械よりもトマト🍅に近い存在だ、

と説きました。




機械   🟰人工物

トマト🟰有機物(自然界)




自然界において、

成功という概念は無く状態があるだけ。




成功は、

勝ち、負け

上か、下か


ピラミッド型




自然界は、

循環、全体性、呼吸


サークル(円)型





以前は、

成功にこだわっていたのに、

今は、馴染まなくなりました。





きっと意識の重心が、

自然界側に寄り始めたからかな?


(自己分析)





勝ち負けの「我」より、

全体が温まる「場」に気持ちが

向くようになってきたし。




意図的に成功を狙うことが、

いいとか、わるいとかじゃなくて、

きっと、好みとか体質みたいなもの。





でも、よくよく考えてみると、

元々、ぼくは自然界寄りの体質みたい。




絶対成功しなくては!

と執着してたのは

何を証明したかったようです(笑)





そうは言いつつ、

我はなくならないし、

豊かになりたい気持ちもたっぷりあります。





でも、その豊かさは

機械的じゃなくて、

自然界にある全体性のものに惹かれます。




どっちが豊か?

の優劣ではなく、


場が豊かになって、

あなたも、わたしも良くなったね!

と喜びあえる関係性がいいよなぁ、

と思います。



嫉妬もしないし。



人の喜びを

自分の喜びに変換できる感性って、

喜びは倍以上になるでしょ。



それこそ豊かさを感じられる

体質だと思うんです。




あなたはどう思いますか?