人に、

貢献するとか、

お役に立つことは良いことだけど、

自分を差し置いたままだと

疲弊するんですよね。




奉仕するのが当たりまえ過ぎて

気づけなかった。



能力は人のために使うものという、

思い込みがあったけど、

これからは自分のために使おう。



自分を満たしてあげよう。

自分を楽しませてあげよう。


きっと魂が喜ぶよ。


「魂の喜び」と言うと

大げさに聞こえるかもしれないけど、

ある出来事を思い出しています。




その出来事は撮影をしている時に、

よく起きます。




先日、「親子撮影会」として

写真を撮っていました。




ファインダーを覗きながら連写。



ぼくは顔を上げ、

相手と目を合わせて、また連写。




うおっぉ、

今の顔、めちゃいいー!



パシャッ、パシャッ。



どんどん、

よくなってくるじゃないかー!




テンションも、体温も上がってくる。




たぶん、その時、

ぼくもいい顔してるはず。







相手の素敵さを見つけた時、


・感激してぼくがいい表情になる

・相手が反応し、さらにいい表情になる

・さらに、ぼくが感激!

・すると相手も、、




あれって共鳴だったんだ。




ぼくから始まる喜びが相手と共鳴する。





そこに、


我慢もなく、

操作もなく、

自然体。



一瞬だけど、

ピュアな喜びが循環していた。




隠れていた魅力を発見した時、

魂のエネルギーが巡る。




特別ない瞬間だったけど、

その魅力は、

どこにでも、

誰にも潜んでいる。




まだ言葉にできないけれど、

だいじなものを思い出せそう。



急いで言葉にしなくていいや。



深く噛みしめる喜びを思い出せそう。


職場の上司が異動になりました。



二年間、上司の元で働き、

いろいろ学ばせていただきました。



太陽のように明るい人柄で、

赴任してから職場が明るくなりました。



人の悪口は言いません。


どの人にも平等に接し、

みんなに信頼されていました。



イベントを立ち上げ、

お客さまをもてなして、

場の空気が、

どんどん良くなりました。




その上司が、明日から居なくなる。



寂しい限りです。




離れることになって、

いつもの日常が、

とても幸せな時間だったと分かりました。




共に、仕事をしていた時を振り返ると、


「この人にもっと喜んでもらいたい!


そんな動機がありました。




上司に感じたように、

ぼくも、人からそう思われるように、

もっとがんばろう。




もう少し、

一緒に働きたかったなぁ。




共に働かせていただいた、

幸せな時間を、

ありがとうございました。