風の時代の成功法 -16ページ目
パシャッ、パシャッ、と
カメラ撮影してきました。
今日は、親子撮影会のカメラマン。
いや〜、楽しかった。
シャッターを連射すると、
みるみる、いい表情が!
子どもも、大人も、いい顔してる。
撮った写真はお店で掲示。
後日、ご家族にプレゼント。
写真のいいところは、
その場の空気感が伝わること。
操作ではない自然さが、
そのまま現れます。
飾らない自然さが、一番、魅力的なんです。
撮って楽しい、
見て楽しい、
渡して(プレゼント)楽しい。
言葉はなくとも、
コミュニケーションって取れるんですよねー。
来月もまた撮ろうっと♪
家庭 = 家族の暮らす場所
職場 = 仕事を行う場所
いろいろな場があります。
どんな場においても、
「場が整えば、場は回る」と思っております。
どの場においても、
複数の人が居ますよね。
それぞれ、
個性も、価値観も違います。
違う者同士が、
同じ場にいることが前提になっています。
違う者が、
ハナから同じ方向を見るのは稀なこと。
互いが違う方向を見ていれば、
場が整っていません。
世間をみると、
場が整ってないにもかかわらず、
行動を始める様子が見えてきます。
行動はだいじ。
だけど、
自分本位になれば、我が立ちます。
我か立てば、相手を操作したくなる。
当然、相手は操作されたくありません。
( 操作する人=依存したい人は成立する)
操作が加わると、
ギスギス摩擦が起きます。
周りを見ても、
そうなっていませんか?
行動するのは素晴らしい。
でも、その前に、
状況を整えることが大切。
それが、やさしさであり、
相手を尊重することじゃないかな。
まずは、
同じ場にいる者同士の状態を整えよう。
良好な状態になれば、
事はスムーズに運びます。
「場が整えば、場は回る」
そこんところ、意識してやってみよう!
ぼくは、常々心でつぶやいていた言葉があって。
それは、
「本当は、こうなのになぁ」というつぶやき。
ぼくには見えていながら、
他の人には見えてないものがあるようです。
自分は特別な存在だ、
と言いたいわけじゃありません。
それどころか、
孤独を感じる原因になるものです。
毎日の暮らしの中で、
見ていればふつうに見えてくることがあります。
みんな当たり前だと思っているけど、
「これって本当はこうした方がいいのに、、」
時々、そういうことが起きます。
だけど、そのことを伝えても人には理解されない。
理解されない孤独です。
伝わらないなら、伝え方の工夫をしてみようと、
いろいろやってみました。
比喩を入れたり、
図解にしたり、あの手この手で。
でも、うまくいかなかった。
そういう失敗を経て、
いまは思い直しています。
そもそも、理解されなくてもいいんじゃない?
理解される必要はないから、
同じことが続いているのかも?
人に理解されることより、
自分が良いと思うものを、
据え置くだけいいんじゃないかな。
そう思えたのは、
撮影会用の子どもの写真を撮っていた時、
自分の心が弾んでいたのです。
写真を撮っていた時の喜びは、
写真を通して空気感で見た人に伝わります。
ぼくは、写真に写っていないにもかかわらず。
えぇっ?
伝えたいと思った時は伝わらない。
でも、伝えようとしなくても、
心が弾むものに打ち込めば自然と伝わる。
そういうものに思えます。

