いつか忘れたけどこんなタイトルで投稿したことがありました。
ぼくはこのように思うのです。
「感覚」が主(あるじ)で、
「思考」は従(執事)という関係だと。
〇〇を感じたい。
(もしくは〇〇を感じたくない)
感覚を満たすために思考を使う。
それが本来の関係。
なのに、あろうことか執事が王座に居座っているではないか?
思考にはまる時、王様はいるべき席にいない。
なんと嘆かわしいことか。。
感覚が目的で、思考が手段とすると
手段と目的が逆になってしまっているのだ。
王様が不在ではいくらやっても満たされることはない。
求められるのは王様復権!
今こそ、自分の感覚を玉座に戻そう。
思考に支配されることなく、自分の感覚を採用するのです。
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数年前に書いたものを思い出しました。
感覚は理由も分からず「こっちだよ」と言う。
根拠がなく不安になる。
その時はどうしてそうなるか分からない。
でも後になって、
やっぱり感覚が正解だったと分かる。
感覚とはそういうもの。
日々、いろいろあるし不安もありながら奥に感じる感覚は
「自分は大丈夫」というもの。
ということはやっぱり大丈夫だ(嬉)
あなたも感じる
「きっとなんとかなる。自分は大丈夫!」
は本当に大丈夫だよという自分からのメッセージ。
感覚は思考を超えた存在でいつもあなたの味方です。