オリンピックで毎日お祭りさわぎですね。

 

 

 

オリンピアはオリンピックにすべてを賭ける。

 

 

それだけでも尊敬します。

 

 


才能がある人が努力を重ねる。


それでもメダルを獲れるのはほんの一部。

 

 

 

メダリストは実力はもちろん

運の味方も必要ですね。

 

 




 

一方、こちらもさまざまな

競技と記録が載っています。

 


それはギネスレコード。

 



「脅威の世界一!」

 

「最高のレコード記録!」

 

 


こちらもすごい人たちがいます。

 

 

 

 

 

ただ、


オリンピックと決定的に違う点は、

 

「誰がこんな競技を考えたん?」

 

というもの。

 

 

 

 

 

 

例えば、

 

 

一分間にお尻でクルミを何個割れるか?

 

 

という競技があり記録保持者がいます。

 

 

 

 

 

それがどれだけすごいことか?


ぼくには分かりません。

 

 

 


かなり硬いお尻だろうなぁ、

と想像します。

 

 

 

 

 

すごいかもしれないけど、

 真似をする人はいませんよね。

 

 

 

 

 

世界一になりたいのなら

誰もやってない競技を立ち上げて

第一人者になればいい。

 


 ライバルは圧倒的に少ないし。

 

 

 

 


 

オリンピックとギネスレコード。

 

 

 

 

 

この二つを並べてみると面白い。

 

 

 

 

 

=======

 

 

 

 本題です。

 

 

 

 

お尻でクルミを割ろうとは

ほとんどの人は思いません。



役に立たないしお金も生まない。

 

 

 

 

 

「よくそんな発想をしたよね?」

 

 

 

でも、ついてくる人がいない。

 

(よって分母ができない)

 

 

 

 

 

 

だけどこうなったら?

 

 


新しい発想が

人の役立つものならどうでしょう?

 

また、

多くの人が欲しいものなら?

 

 




きっと人気になります。

 



そして、人からこう言われます。

 

 

 

 

「よくそんな発想をしたよね?」

 

 

 

 

同じ言葉だけど今回は分母ができます。

 

 

 

 人が欲しいものは価値が高まる。

 

 



分母が多く、

分子が小さければ

希少価値にもなる。



 



実はそういうものって

あちらこちらに転がっていそうです。


 

 

 

人は意外とチャンスを見落としがち。

 

 

 

 

常識を疑いませんから。

  

 


みんなが注目しないから

見つからないとも言えます。

 

 

 

見てないところを

ひっくり返したら面白いだろうなぁ。

 

 


 

前例がない難しさはあるけど、

挑戦のしがいはあります。

 

 

 


人が気づかないところは競争のないところ。



そこで新しいものをつくろう。

 


 

 

そう言えば、

今日、名古屋駅を歩いていると

こんな看板を見つけました。

 

 

 



 

 

 

 

ドラッカーさんのおっしゃる通り。

 

 

 

 

 

 

 

 

あっちの出来事と、

 

こっちの出来事。

 

 

まったく関係のないものに関係性を見出した時

 

アイデアが生まれます。

 

 

 

 

 

 

 

同じように、

 

過去に起こった体験と、

 

今、やっていることに関係性を見出せた時、

 

人生の意味が見つかることもあるでしょう。

 

 

 

 

 

 

 

過去と今

 

 

さらに先の未来へ。

 

 

過去 ↔ 今 ↔ 未来

 

 

 

 

 

 

脈絡のないところに共通点が見つかる。

 

 

 

 

どこで、どうつながるか分からないものですね。

 

 

 

 

 

だから面白い。

 

 

 

 

 

そういう体験はありませんか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今日は椎原崇さんこと、

しぃくんのウェブセミナーに参加しました。

 

 



「なんかこっち理論」セミナー。

 

 

    



ぼくらはなぜか分からないけど、

 

「なんかこっちだな~」

 

と感じることってありますよね?

 

 

 

 

 

「根拠はない。だけど知ってる!」

 

 

みたいな・・。

 

 

 

 

 

 

感覚は自分のものでありながら

感覚についてちゃんと説明できない。

 

 

 

 

その「感覚」というものを

lightに学んでまいりました。

 

 

 

 

そうか、英語で書くと

 

 

Light = 軽い

 

Right = 正しい

 

 

だね。

 

( ↑セミナー内容とは関係ありません)

 

 

 



Right(正しい)よりも、

Light(軽い)でありたい。

 

 

 

オッケー 


オーライ

(all light)




 

 == == ==

 

 

今日の一番のヒットを書きますね。

 

 


 

ぼくは構想があって、

伝える段階なのに

やろうとすると感覚が重くなるのです。

 

 

 

 内容はいいのに。。





なんだろうこの重さは?

 

 


進みたくても進めないもどかしさ。

 

 


 怠けたいのか?

・・と自分を疑う。

 





でも、そうではありませんでした。


 

 

 

感覚が重くなったのは、



対象を「正しさを基準とする人」に向けていたから。

 

 

 

 ぼくは、

正しさを基準にすると感覚が重くなるのです。

 

 

 

 

軽いぼくとは合わず、、



無理に合わせようとしたところ

 

どよ~ん、


と気分が落ちました。

 

 


 

 

重い人と居ると感覚的に引き込まれます。

 (想定の段階でも)

 




そういうことだったか!


と合点がいきました。

 

 



気が乗らなかったのは


「そっちじゃないよー」

 

と感覚が教えてくれたのです。

 

 

 


気を取り直し、

対象者を楽しい人に想定したところ

重さは抜けました。

 

 

 

 

わかりやすいー!

 

 

 

 



ぼくがつながりたい人は、

楽しさを優先する人。

 

 

 


 

楽しくありながら、

一体感を感じたい人。

 

 

 

 

「世の中をもっとよくしたいなー」

 

と思える人。

 

 

 

 


自分の幸せを叶えながら、

周りの人の幸せも願える人。

 

 


 

周りが人が幸せになれば、

どっちを見てもいい光景が広がりますよね?






ただ、これは自分のためにやることです。




自分のためにやることが、

人のためにもなったらいい。

 

 

 



同じように考える人は居ませんか。

 



 

 

あなたはもしかしてそのタイプ?

 

 

 

 

 == == ==

 

 

 

 

これからどうやってご縁を広げていこう。





まだ見えないけど、

たしかにご縁は広がる。

 

 


(このブログも使えるね)


 


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今日学ばせてもらった

しぃくんはこういうことも言ってるよ↓

(スレッズより)


 

 



 

 

 

 

 

 感覚が重い時、

サービスを通じて自分を見て欲しいと思ってた。


その重い感覚は相手にも伝わります。





感覚に軽さが戻ったところ、

サービスを通じて価値を届けたいと思うようになりました。




 自分がいい状態であれば、

いい感覚で相手とつながれますね。




 ライトに行こう。