ネットサーフィンをしていると興味ある情報が流れてきました。

 

 

引用します。

 

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前澤氏は、26日に「ユニクロ」を展開する

ファーストリテイリングの柳井正会長兼社長が日本経済についての危機感を語った。

 

ニュースを引用し「『日本人は滅びる』とユニクロの柳井社長が言っています。

移民を受け入れ、知的労働者を増やし、少数精鋭で働けとも言っています。

みなさんはどう思いますか?と呼びかけ

 

「僕はなんだか逆のように感じます」

「俺たちの国いいだろ?っていう自信。僕はめちゃくちゃいい国だと思うんですけどね。

 人も風土も文化も素晴らしいなと。ほんと大好き」と“反論”していた。


そして、29日には「知り合いに世界中のお金持ちたち結構いるけど、

日本来るとみーんな最高って言って、人によっては涙流して喜んでくれるからね。

 

なんて優しいんだ、

なんて綺麗なんだ、

なんて美味しいんだ、

アメイジング!絶対また来る!って。

 

だから自信持とうぜ、日本」と思いをつづっていた。


 ユーザーからは「嬉しい言葉だ!!そうだ、素敵な日本!!」

「私も最高だと思います。

 

 自然多いし四季あるし空気も綺麗水も美味い、お米も美味しい」

 

「日本の良さをもっともっと守っていけたら、いいですよね~」

「どんなにお金を出しても、

日本以外の国で日本以上の『清潔』『安全』『安心』は買えない」

といったコメントが寄せられていた。

 

(引用ここまで)

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前沢さんのことは名前しか知らないけど良いこと言う。

 

 

 

 

 

今、日本人に必要なのは自信だという意見に同感。

 

 

 

 

 

もっと自信をもっていいよね♪

 

 

 

 

 

日本人の一人、一人にも言えること。

 

 

 

 

日本人ほど素晴らしい民族はいないと思います。

 

 

 

 

 

外からは高い評価なのに、

なぜか多くの人は自信を失いがち。

 

 

 

 

 

教育とか、風潮とか、または国民性か?

 

 

 

 

社会の中で自信をもつには、

 

 

実績を作ったり、

肩書をつけたり、

成功を収めようとしたり。

 

 

 

 

記号によって評価を得て自信を付けようとしました。

 

 

 

 

 

だけど、その考え方は記号が無くなると同時に自信を失います。

 

 

 

 

 

価値って記号に付くものなのか?

 

 

 

 

それは違うんじゃない。

 

 

 

とぼくは思います。

 

 

 

 

 

 

何があってもなくても、素晴らしい自分でいいじゃない。

 

 

 

 

 

この年齢になって思えるようになったこと。

 

 

 

 

 

 

 

でも昔は真反対の考え方だったんです。

 

 

 

日本社会(主に仕事)に息が詰まり逃げるように海外へ。

 

 

 

だけど海外にも居場所がなく数年で帰国。

 

 

 

 

何をやってもうまくいかず自信がもてない。

 

 

 

セミナーに参加したり本や教材も購入した。

 

とにかく自分を変えたかった。

 

 

 

 

日本が嫌。

 

自分も嫌。

 

 

 

 

 

 

 

だけど、

 

気づけば嫌いだったものが消えている。

 

 

 

海外の憧れはあるけど、

それより日本についてもっと知りたい。

 

 

 

なぜあんなに自分が嫌いだったのだろう?

 

 

今は理由もなんだか思い出せない。

 

 

 

 

人って変わるものですね。

 

(そうか変わったのか)

 

 

 

 

 

 

今も、自慢できる記号的なものはありません。

 

 

 

 

 

それでもいいよね♪

 

と自分に言えます。

 

 

 

 

何かを成す結果より、

好きなことができるプロセスにいられたらいい。

 

 

 

 

 

今、好きなことというのは、

日本の素晴らしさを再発見すること。

 

 

各地にある素晴らしいものに触れること。

 

 

 

知識や体験を人に伝えていくこと。

 

 

 

 

日本の良さや、

日本人の素晴らしさをあらためて知りたい。

 

 

 

 

 

ここが到着点であり、

そしてスタート地点なのだな。

 

(しみじみ)

 

 

 

 

ここまで来れてよかったです。

 

 

 

 

 

さあ、

記号ではない自分に自信をもっていきましょうー。

 

 

 

一人で頑張ると苦しくなります。

 

 

 

そんな時は人に頼ればいい。

 

 

 

 

 

自分で何でもかんでもできません。

 

 

 

 

 

 

この人のココが素晴らしい。

 

 

あの人はなんであんなことができるのだろう。

 

 

 

 

 

 

自分はできないことを

いとも簡単にできる人がいます。

 

 

 

 

 

自分が全てやらない方が、

ものごとはスムーズにいきます。

 

 

 

 

 

人にお願いできるっていいことですよね。

 

 

 

 

 

 

 

そもそも、信頼関係がなければお願いもできません。

 

 

 

 

 

 

 

 

また、このようにも思います。

 

 

 

 

 

頼めない時は意地を張っているとき。

 

 

 

 

 

「自分だってこれぐらいできるわい!」

 

 

 

 

 

できることを証明して自己価値を満たそうとします。

 

 

 

 

 

逆に言うと、証明できないと価値がないと信じています。 

 

 

 

 

 

相手に負けたくない!

 

と競うと苦しくなるわけです。

 

 

 

 

 

 

 

 

自分は負けでいい。

 

 

 

 

そう本気で思える人が実は強い人なのだと思います。

 

 

 

 

 

負けたところで自分の価値は1ミリも減らない、

と知っているのです。

 

 

 

 

 

 

 

「意地を張る」と「頑張る」は似てますね。

 

 

 

 

 

「意地を張る」、「頑張る」は勝って価値を証明しようとする。

 

 

 

 

 

「負けてもいい」は、自分も相手も尊重している。

 

 

 

 

 

なるほど、その通りだ。

 

(書きながら納得)

 

 

 

 

 

 

これからは余裕で負けられる大人を目指します(笑)

 

 

 

相手との関係を守りたければ、

相手の意見に同調する。




「人の話しをきちんと聞けるね」


「素直だね。素直さはだいじだよ」



上の人(親や先生)から認められたくて

素直に生きてきました。




同調するのが得意。


(表面上は)




ただ、


相手から素直に見えても、

本心に対しては、

ちっとも素直じゃなかったのです。





異論があっても口に出しませんでした。





「本当はこうしたらいいのになぁ」

と心の中でいつも呟いてた。





本心を言って関係性がおかしくなるより、

相手との関係性を守ることを優先してきました。




なぜなら、


もし関係性が壊れたら、

関係性を絶たれる怖さがあったから。




エゴはささやきます。


「異論は言うな。同調しておけ」




↑これ、無自覚にやっていたこと。




従順な性格は仮面の顔でした。






モヤっとしていた原因はコレですね。







本心を言うのは勇気がいります。





今までは従順だったのに、


「そうは思わないなぁ」


なんて異論を言えば波風が立ちます。




「なんだコイツ、歯向かいやがって!」


と思われる可能性が大きい。






でも、


本当の自分を晒すことで、

良い関係に発展するケースもあります。



「なるほど、そう言う意見もありか。」

 


たとえ意見が合わなくても、

相手のことを尊重できます。





ここで言いたいのは、


自分の意見を押し通しましょう。

ということではありません。



人との関係性を守りたいばかりに、

言いたいことを抑えれば、


その行為によって、生きづらくなっているかもしれませんよ。


とお伝えしたいのです。




相手との関係性は守りたいと思うのは、

それはあなたの優しさ。



嫌われても自分の意見を立てたい!

それはあなたの強さ。



どちらも素晴らしいあなたです。