ぼくは、常々心でつぶやいていた言葉があって。


それは、

「本当は、こうなのになぁ」というつぶやき。



ぼくには見えていながら、

他の人には見えてないものがあるようです。



自分は特別な存在だ、

と言いたいわけじゃありません。



それどころか、

孤独を感じる原因になるものです。




毎日の暮らしの中で、

見ていればふつうに見えてくることがあります。



みんな当たり前だと思っているけど、

「これって本当はこうした方がいいのに、、」



時々、そういうことが起きます。



だけど、そのことを伝えても人には理解されない。





理解されない孤独です。




伝わらないなら、伝え方の工夫をしてみようと、

いろいろやってみました。



比喩を入れたり、

図解にしたり、あの手この手で。



でも、うまくいかなかった。




そういう失敗を経て、

いまは思い直しています。





そもそも、理解されなくてもいいんじゃない?





理解される必要はないから、

同じことが続いているのかも?



人に理解されることより、

自分が良いと思うものを、

据え置くだけいいんじゃないかな。



そう思えたのは、

撮影会用の子どもの写真を撮っていた時、

自分の心が弾んでいたのです。



写真を撮っていた時の喜びは、

写真を通して空気感で見た人に伝わります。



ぼくは、写真に写っていないにもかかわらず。




えぇっ?



伝えたいと思った時は伝わらない。


でも、伝えようとしなくても、

心が弾むものに打ち込めば自然と伝わる。



そういうものに思えます。


来月、早々に子ども撮影会をやる予定。

(親子撮影会)



ぼくが撮影。



今日、見本の写真を撮ったんだけど、

すごくいい表情が撮れたのです♪


(4才と3才のお子さん)



満足じゃ!




撮影中、撮る方も、撮られる方も、

いい関係になれた。



楽しかったー。




毎回、人物写真を撮り始めると、

相手(対象)の中の美しさが見えてきます。




「美しさ」と書いたけど、

可愛らしさ、

愛しさ、

楽しさ、

切なさ、

などが内から湧いてくる。




また、その場に起きた

状況と、感情を、

写真や言葉にして発信すると、

その場にいない人に共感してもらえる。



なんか思い出してきたぞ。




ぼくは、教えることは苦手。

操作するのも嫌。



だけど、


ぼくが「これいい!」と、

感情移入したものを共感してもらえると、

そこに喜びを感じるんだな。



一種の報酬と呼べるもの。


うん、いい流れに乗ってきた。

毎日寒いですね。

南国はあんなに暖かかったのに。


良かったなぁ、沖縄。





旅行に行くと、

新しいものに触れられます。




風景、食事、人、文化、地理・歴史。



目に映るものが、

心に刺激を与えてくれます。




じっと、止まっているのは苦痛。


だけど、動き続けることは苦痛じゃない。




と言うか、

動いている方がめちゃ、楽ちん♪






それは飛行機の機内でも同じで、

フライトモニターとにらめっこ。







「飛行機ってめちゃ速いわー」


「車なら2時間かかるのに、たった10分?」



座席の上で静かに感動!


(子どもっぽい)




移動中は退屈に感じる人が多い中、

楽しみに変換しちゃう。




なんだかお得かも(笑)





移動中は景色が流れていきます。




流れフェチとしては、

それも興味の対象です。




思えば人生って、

場面の移り変わる連続性じゃないですか?



流れの中で、


・流されるか   (受動的)

・流れと共にあるか(自発的)



それによって、

ずいぶん違うものになりそうですね。