ぼくは、常々心でつぶやいていた言葉があって。
それは、
「本当は、こうなのになぁ」というつぶやき。
ぼくには見えていながら、
他の人には見えてないものがあるようです。
自分は特別な存在だ、
と言いたいわけじゃありません。
それどころか、
孤独を感じる原因になるものです。
毎日の暮らしの中で、
見ていればふつうに見えてくることがあります。
みんな当たり前だと思っているけど、
「これって本当はこうした方がいいのに、、」
時々、そういうことが起きます。
だけど、そのことを伝えても人には理解されない。
理解されない孤独です。
伝わらないなら、伝え方の工夫をしてみようと、
いろいろやってみました。
比喩を入れたり、
図解にしたり、あの手この手で。
でも、うまくいかなかった。
そういう失敗を経て、
いまは思い直しています。
そもそも、理解されなくてもいいんじゃない?
理解される必要はないから、
同じことが続いているのかも?
人に理解されることより、
自分が良いと思うものを、
据え置くだけいいんじゃないかな。
そう思えたのは、
撮影会用の子どもの写真を撮っていた時、
自分の心が弾んでいたのです。
写真を撮っていた時の喜びは、
写真を通して空気感で見た人に伝わります。
ぼくは、写真に写っていないにもかかわらず。
えぇっ?
伝えたいと思った時は伝わらない。
でも、伝えようとしなくても、
心が弾むものに打ち込めば自然と伝わる。
そういうものに思えます。