色々 乱高下のあった5月も過ぎ去っていった。
だいぶ大腸との付き合いは慣れてきた。
今度はスマホの故障事故。
データを失い、復旧に多くの時間を取られた。
睡眠も5時間ほどになり、不眠の私はさらに悪化した。
データに加えて、想い出にひもづくいくつかの小物や久しぶりに我が家に迎えたカナヘビちゃんを3日で脱走事故でなくした。お腹が大きかったのでもしかしたらと気持ちも膨らんでいた分、ショックも大きかった。
ほぼ息子がらみだったので、辛くあたってしまい反省する…。
そして、あれだけ余命や死を意識していたにも関わらず、どこからこの執着心はやってくるのか自分に驚く。
5月ラスト1週間に様々なことが起こった。
⚫︎まず、娘の居場所。
学校へ。支援級のお楽しみ会は鬼ごっこだった。
これは娘は参加できない。身体は動かない。
一般級を覗きにいく。
タブレットでなにやら国語の考察をしている。
ーこれも娘にはハードル高い…。
仕方なく、弟一年生の教室をのぞいた。
英語だった。
異国の文化を話している。母子ともに興味津々。
最後の5分くらいだった。
でも、楽しかった。
次の日、同じように一年生のクラスに娘が一年生の時に参加してない面白そうな授業があった。
参加こっそり混ざらせてもらおう。
そのとき、主任の先生がきて
「保護者ボランティアとしてお手伝いなら可能です。みて学ぶこともあるからね。でも、参加はあくまで一年生の教材なので」
ということに、ガッカリしてしまった。
分けられる社会だ。
「制度に人を合わせるのではなく、人に合わせて参加の形を考えられないか」
⚫︎週末、初の演奏ボランティアへ。
高齢者施設にて。娘はひとことも発しない。
でも、表情はゆるんでいた。
安心の場だと認識したのだろう。
マラカスとカスタネット。
そして、茶摘みでは私と手遊びで前に立つ。
1人の利用者さんが、娘を手招きした。
参加と見学は違う
私は、そのときようやくモヤモヤが晴れたのだ。
全ての人が一体となれる音楽のちから。
一人ひとりがそこにいていい。
対等で尊重される空間を。
私は活動の居場所をつくるのに必死でした。
でも、本来は奏でたかったのかもしれません。
対話のオーケストラともつながった。
人集めで人が来てくれそうなオプションで釣るのではなく、生活の糧とするのでもなく、
私の生き方そのものを提唱していきたい。
本当に対話を必要とする人に出逢いたい。
失ったものが続いたこの5月。
つながりの大切な核までたどりつけたともいえる。