連日のモヤモヤが解明されてきた
社会活動に対するもやもや
自分が一体どこにいて
何をしたいのか
人に求められることは何なのか
自分にできることは何なのか
ぐるぐる ぐるぐる
あーでもない
こーでもない
そして
また今朝目覚めて
降りてきた
全ては手段のひとつ、道具のひとつにしか過ぎず
「暮らしを整えること」だった。
連日心が揺さぶる
快と不快の中で
心地よさがどこにあったのかを探ってゆく
⭐︎どんな場所に住んで
⭐︎何日くらい働くのがムリがなくて
⭐︎どのくらいの睡眠時間がスッキリして
⭐︎誰とどのくらい会って
⭐︎家族との距離はどのくらいが良くて
⭐︎こどもたちとはどんな時間を過ごしたいか
などなど。
そこに
⭐︎どんな活動で頻度がどのくらいなら心地よいか
があったのだ。適量を知るということ。
わたしは知らないうちに
見失っていた
また誰かのために犠牲になる道を選んでいた
喜んでもらいたくて。
私と同じ苦しみの人たちを救いたくて。
私の存在が役に立ちたくて。