生きる喜びを求めるぶぅべぁかあちゃんの旅〜Any Life is Beautiful anyway〜

生きる喜びを求めるぶぅべぁかあちゃんの旅〜Any Life is Beautiful anyway〜

感受性豊かな気質とサバイバーとして生育家族を生き延び、創設家族(結婚、出産後)では障害者となり、人間理解と生きる喜びを探究し続けた人のブログ
ソーシャルワーカーとしての活動も少し含。

参観日の後、数週間ずっと迷い、揺れながら

ついに

私は種子島への旅を決意した!



実際は直行便が取れず、屋久島へ。


台風


思い通りにならない人生


というものを体感しにいくことになった。


車なし島生活というものに限界を身体で理解した。


うさぎ島と違い、移動する不便さを。


心細さと人の温かさを。


旅中、ずっと彼(夫)のことを考えていた。

置き手紙を残して、GPSをこどものカバンにつけて

彼を待っていた。

もう二度と4人で行くこともない家族旅行に…

ただ、呼吸ができる生活のヒントを探しに。


ヒント⭐︎

◻︎屋久島にて、ウミガメの研究者たちの想いと好きな気持ちに触れる。活き活きとしていた。どんな荒天候の中にいても。


自然界にいきてる生き物について想いを馳せた。


◻︎心細かった後の種子島に到着したときのなんとも言えない安堵感


島住民の方の家に2泊。思わぬ良き出会いとなったこと。

 

旅にも関わらず、雨で濡れた3人分の衣類や持ち物管理に追われ、2時間ほどかかる私のことを待ってくれた 夕食の時間。21時過ぎていた。

いつもはこどもたちに先に食べさせて私はほとんど一緒に食事をしてこなかったのが当たり前になっていたのに、

待ってくれたことがよほど嬉しかったのだ涙。


ただただそこにいた 海の時間。


誰かが夜にいてくれる安心感をすごく考えさせられた。


◻︎小学校の視察 

離島留学の見学がきっかけだった今回の旅。

こどもたちから返ってきた言葉は、

島にはずっといたいけど、

「学校には行きたくない」だった。


公立小学校の独特の雰囲気は島でも同じだったようだ。



最終日の夜、夕日をやっとみえた。

露天風呂に入りながら


関東に戻ったら何を減らして生きていこう


朝日と夕日のみえるまちに住みたい


そう強く思って島をあとにしました。