どちらの私も私だけれど | 生きる喜びを求めるぶぅべぁかあちゃんの旅〜Any Life is Beautiful anyway〜

生きる喜びを求めるぶぅべぁかあちゃんの旅〜Any Life is Beautiful anyway〜

感受性豊かな気質とサバイバーとして生育家族を生き延び、創設家族(結婚、出産後)では障害者となり、人間理解と生きる喜びを探究し続けた人のブログ
ソーシャルワーカーとしての活動も少し含。



もうあの頃の私にも 戻れないんだろう


ウソ 偽りのわたし

背伸びしすぎていた自分


それでも

欲しかった温かい家庭


それは

理想で夢だった


あの時

どうしても欲しかった夢だった




10年経ち

それがみえてきた


今は

やっとじぶんのサイズを知る


無理はもうできない


わたしは妻ではなく


おかあさんになることを選んだ


仕事との両立どころか


妻やお嫁さんとの両立さえも

できなかった


彼やこどものまえでは

お酒をのんだりしてハメを外すことはできなかったし、


いつも勤務中のように張り詰めてすごしていた


無理して良き妻であり、良いお母さんでありたかった


だから

彼らがはしゃいだりしているところをみると

仕事をサボってる人をみるかのように

ゆるせなかったんだと思う


色々この10年試してきたけれど

どうしても

変われなかった


本当は手料理を作るより、作って欲しかった

本当は片付けも整理整頓もできない自分に一番苦しんでいた


心の奥底で

沸々と湧いてきて

あっというまに

沸騰に達していた


水を注いで冷ますことができなかった


これから

お母さんとお父さんの役割は

果たせるように

果たしやすい環境を

せめて整えることに

全力を注ぎたい


彼とは距離を置き

愛着を求めない


お父さんとしての行いをみて

わたしへの愛情は放棄する


小さなわたしが怒るのを知ってるので

こどもたちを預けたらそっと抜けて

小さなわたしへのケアに力を入れる


言葉数も減り

笑えなくなってしまったけど

怒りをあらわにすることも

自傷も他害も

ずいぶん減った



これで良かったのかな

良くはなくても

最悪は避けられてると思う

だから

これで良かったんだ


これからもずっと

穏やかでいられる道を探すんだ


我慢ではなく

耐え忍ぶ

忍辱、仏教のことばにあるように。