わたしの本当の苦しみ | 生きる喜びを求めるぶぅべぁかあちゃんの旅〜Any Life is Beautiful anyway〜

生きる喜びを求めるぶぅべぁかあちゃんの旅〜Any Life is Beautiful anyway〜

感受性豊かな気質とサバイバーとして生育家族を生き延び、創設家族(結婚、出産後)では障害者となり、人間理解と生きる喜びを探究し続けた人のブログ
ソーシャルワーカーとしての活動も少し含。

私は今、何重苦だろう。

孤独な子育て

別居のこと、夫との関係

義父母との関係

娘と学校のこと

娘の特性のこと

経済的なこと

仕事のこと

病気、障がいのこと


とある日。


不登校と場面緘黙症の専門家のカウンセリングを受けた。


そして、時はたち、

私の本当の悩みが

不登校でも娘の特性でもないこと

うすうす気づいてはいたが、

再認識した。


出来ることなら学校に通えるようになって欲しい。


それは、確かにそうなのだが。


それに対してずっとこの2年数ヶ月悩んできた。


支援の方法を提案し続けては断られ、

うまくいかないから、学校を恨み、

その私の気持ちの理解を得られず夫も夫の家族も距離を置いてきた。


親の会に行き、第三の居場所を探し、

カウンセラーの言う通り、

「お金があるのなら、そのまま続けたらいい」と言われ、私は言葉がでなかった。


何度も諦め学校に対して過度な敵対心を持つのは

やめたほうが賢明だということに

今になりたどり着く。


苦しかった。悔しかった。

情けなかったし、みじめだった。

そして、無力だった。


親の会に行っても、支援級の集まりに行っても

私はどこか孤立していた。


場面緘黙症の子がいないのもあるけど、

みんな明るい不登校生活やフリースクールライフをしておられる方が多かった。


支援級にさえ行けない娘は、もう打つ手はないのかそんな気もしていた。


でも、悩みの本質がそこではなかったことに

気づいてくる…。


本当は私のことなんか誰も大切に思ってくれる人なんかいないんだ」という

自己否定

が強いことにあることに。。


自分をほめて

自分を労い

自分を承認していく


感情の吐き出し場所は

もう親の会ではない。


不登校や場面緘黙症を改善するための

カウンセリングでも


きっとないのだろう。