前回の続き。
自分が必死で見つけた住まいは夫に譲り、登校支援のため有給を使い果たす覚悟を決めた彼と子どもたちの生活のため、私は1人部屋を去った。
あの5年前の医療保護入院を思い出す
あの頃に比べたら
自由に外出もできるし
マシなはずなのだ
1人になったらしたいこともたくさんあったし、
何より静かに休みたかったはずだ
なのに、なのに
私は何もできなかった。
自分の食事の準備さえ、できなかった。
一歩間違えると
いつも
死は隣り合わせにいた。
何を食べ
何をしていたかは
ほとんど覚えていない
寝ていたのか
どこまでが夢の中なのかさえも
ただひたすら
間違ったことはしない
誰にも連絡やSOSは出さない
隔離されるようなことはしない
それだけを祈っていた
“もうひとりのワタシ”に支配されませんように…
……
もしも こんな人に出逢えたなら…。
妄想の世界へゆく…
“あのね
本当はあんたに
「身体壊してまで学校なんて連れて行かなくていいから。
3人共元気でいてくれたらそれでいいよ。
あとからでも進路のことは一緒に考えよう」
て言ってほしかったんだと思うよ。
あの子たちは
互いに依存し合いながら
必死で
この社会を生きようとしているんだ。
だから
母子分離がどうのこうのだの
「もう◯歳になったんだから」
なんて
型にはめたような言い方は
しないでやってちょうだい。
あの子たちだって共依存のこと…それくらいわかってるよ。
それを
5歳の坊やが無意識のうちに
必死にまもってるんだ。
大黒柱になって
ママとお姉ちゃんを
守ってやるんだって。
けどねぇ
守ってもらってばかりじゃ
ないんだよ。
ちゃんとあの子は抱きしめて
甘えさせてやってるよ。
坊やはまだまだわがままだっていうし
きょうだいげんかの仲裁なんて大変なことだから。
あの子は色々頭の中で色々あって
疲れやすいだけなのさ。
ヘルプが足りないだけなのさ。
本当はちゃんと親しようとがんばってるよ。
3人で色々これまで積み上げてきたものは
壊さないでやってくれ
見守ってやってくれ。
子どもらを取り上げないで
社会の正しさをおしつけないでやっておくれ。
ママを助けてあげて
安心させてあげて
不安でこわいんだよ。
ママをみてやらんと
深く傷ついたまま
ママの中で必死に闘ってる
小さなあの子をみてやらんと
子どもらのとこにいったって
噛み付かれるだけだよ。
優秀なパパのあんたがぜーんぶ
綺麗に家事も料理も育児も
やり遂げられたらあの子の居場所はなくなってしまうよ。
仕事もない
片付けもできない
料理もできない
家事も育児も認められずに
必要とされないことが
こわいんだよ。
親に甘えられなかった
10代の頃と同じ。
この数年間ずっと孤独で
娘さんの発達特性や不登校、社会的排除の目を背負いながら育児➕α
自身の病気や障害とも闘いながら
子どもたちを守ろうとしてきた
だからこそ、無償の愛をくれている彼らの存在があの子の生きる支えとなっとるんだよ。”
…
…
もし、
そんな人にであえたのなら
私は
すーっと
毒が、悪魔が、
体の外へ流れて出てゆくのを
感じた。
たくさんの涙とともに
赦しの心に変化して…。