他人の痛みを全て理解し実感することはできないけれども、
自分の心を明け渡した人に拒絶された時の苦しみに関しては共感することができる。
私にも、この人と結婚するんだなって思った相手がいた。
その人とは、相手からのアタックで付き合った。2歳年下の彼。今思えば、情緒的で感受性が高い自分に、揺さぶりをかけてくるアプローチだった。推しに弱くて、同情心が強い上に、心の奥が傷ついているように見えて、放っておけなかった。それが全ての間違いだったようにも思う。
付き合っていた時、情的で優しい振る舞いをする事に欺かれていた。ストレスで食べすぎてしまう私に、何度もやせろと言った。自分はお腹がぽっこり、むちむちしているくせに。私の男の知り合いは嫌だと騒ぐのに、自分は沢山の女子と連絡をとっていた。
付き合い出してすぐ、彼は他の女の子とフェスに行くと言い出した。その時は自分は愛されていると信じて疑わなかった自分は、それを許可していたけれど、女の子と2人でフェスという特別な空間に行くことを聞かされた私の気持ちは、何も考えてくれていないことに今となっては気づく。彼はいつも、自分の都合を優先していたように思う。「付き合う前の人間関係だってあるでしょ」そう言っていた彼の言葉を、今も思い出す。
それでも彼が好きだった。
この人と結婚しようと思ったのは、その人が人生で初めてだった。
別れる時彼が言った、「俺たちは合わないと思う。待たれても困る。」と。合わせる努力をしない彼と、合わせようと思われない自分に心底失望した。その言葉が今でも自分の心の奥底を締めて来る。
もうひとつ。
彼はいま、私がこの人だけは仲良くして欲しくないと思っていた人と一緒にいる。ビッチ、ほっておけと言っていた人。
あぁ、この人は私の気持ちを1ミリも考えていないんだ。自分を傷つけるものは許せないのに、他人を傷つける自分は容易に許せるんだ。
彼と共通の友人と私が仲違いをしたときもそう。
「自分にも非はあるんじゃないの?」「気づいていないだけで、自分も嫌なこと相手にしてると思うよ。」
別れた時は普通に話しかけてきたのに、仲違いをした時はそう言って私を責め、無視するようになった。
この人と過ごした時間は、何だったのだろう。
私が信じたこの人はどこに行ったのだろう。
まぼろしだったのだろうか。
この人は私の何を知っているのだろう。
すごく、すごく、辛かった。
積み上げてきた一緒にいた時間や信頼は、酷く脆くて壊れやすいものだった。
結婚すると思って、自分の中の彼という存在を大きくしてしまったがために、それが急にいなくなったとき、わたしは抜け殻になってしまった。
家からも出れなくなって、生理も止まり、何も食べれなくなった。
1ヶ月、野菜ジュースだけで暮らした。
今でも現実が続いて、時々苦しくて死にたくなる。
失恋をした時、自分の心は、世界でひとりぼっちにされる。
好きな人が自分を好きじゃなくなる、好きな人に拒絶される。だんだん態度が冷たくなる。
それは当事者にとって、世界の終わりと同義なのだ。
経験しないとわからない。
2年余りたった今でも、酷く深い傷となって残ってしまっている。
それでも、今はなんとか生きることが出来ている。
自分と同じような経験をした人にいうことがあるとするのなら、忘れろとか、他にいい人がいるよとか、前向きに生きろとは絶対いえない。
時間しかないのかもしれない。
無常に過ぎる時間に、身を任せるしかない。
もう一生、誰かに恋をしたり、心を許したりは出来ないかもしれない。
でも自分とは一生いなくてはいけないから、自分が悪かったとか、こうすればよかったとか、そんな風に自分を責めないでほしい。
えらいよ。もう充分頑張ったじゃない。
そう言ってゆっくりとやすむ。
寝て、寝て、寝て、
ちょっとマシになったら木々や水の音を聞きにいく。
そして周りを歩いて、誰かの日常の暮らしを見てみる。
そうしたら、ひとりひとりに、その人の暮らしがある、そのひとの人生があるんだなって、思えるはず。
今は何にも出来なくていい。
君はよく頑張った。
過去の自分にも言ってあげたい。
君は世界で一番、優しいひとだよ。
さようなら。好きだったあの人。
PS うまくかけないから、また今度追記します
#失恋 #別れ #痛み