「あ~、もうダメだ~!!!!!」
今朝、ダッカに来て以来のあまりの運動不足で日に日に衰えていく私の体が発狂した。
時々時間を見つけては腹筋をやったりストレッチをしたりしていたけれど、そもそもここでは日々の生活の営みの中で、自分の足を使って歩くことがほとんどないのだ。
日本にいたころは、週2回のダンスレッスンに加え、毎日の通勤、そしてどこへ行くにも電車やバスを利用して駅からは歩くのが当たり前だったから、普通に生活をしていればそこそこのコンディションを保つことができた。
でも、ここではどこへ行くにも車で移動。歩いて5~10分程度のちょっとした距離だって「へ~い、リキシャ」とその辺にいるリキシャをつかまえる。
ちょうど近くで通えるスポーツジムを探しはじめたところだったのだけれど、それを待てずにとうとう私の体が悲鳴をあげた。
「ジョギングに行ってくる!」
と言って部屋に戻り、まずは腹筋とストレッチをしてウォーミングアップ。それから、日本から買ってきたアームバンドにipodを装着して家を出た。
そこはうちのすぐ近くの道なのだけれど、車もリキシャも行き来しているものの交通量が少ない上に、両脇には木々が生えているから、茶色い埃まみれの木々の葉に気づかないふりさえしていれば、「休日の朝、緑の中を音楽聞きながらジョギング」という、ちょっとアメリカっぽい雰囲気を自分の中で演出することはできる。
アキレス腱を伸ばし、腕や脚の筋肉を伸ばし、ipodのプレイボタンを押して、私は軽やかに跳ねながら走りはじめた。
「あ~、私は今、久しぶりに運動してるんだ~」
今にも枯れそうな植物に水をあげるように、私は運動を欲していた自分の体にエネルギーを注入しているような気分で、「私は今走っている」というだけのことに幸せを感じていた。
なのに…
走りはじめてから1分も経過しないうちに、私は体に異変を感じはじめた。
「おかしい…」
息が苦しく、脚が重くて前に前にと思うように進んでくれない。
「えっ?そんなはずはないでしょ」
と自分を励ましながら走り続けようとしたのだけれど、とにかく苦しいのだ。
そして、1曲目のイントロ、Aメロ×2、Bメロときてサビが終わる頃には、私はとうとう走ることをやめて歩き出してしまった。
「そんなぁ…」
冗談ではなく、私は3ヶ月間の入院生活を終えてやっと普段の生活に戻ってきたようなそんな気分で、自分が思っていたよりもずっと体が衰えていたことが、なんだかたまらなく悲しかった。
とりあえず私は歩き続けた。
リキシャや、横を通り過ぎていく車のドライバーが、「へ~い、マダム」(こっちでは、女性を呼ぶときはマダムと呼ぶ)とからかい半分に声をかけていき、行き交う人のガン見の視線を感じる。(こっちでは、外国人や珍しいものがあると、ためらいもなくジッと視線を送ってくる。バングラでは私も興味があると思いっきり視線を投げかける。時には、うるさい視線に私もガン見返しをしたりする)
しばらくすると、今度はショックを通り越して、何だか色んなフラストレーションがこみ上げてきた。
私は、ipodのボリュームをめいっぱい上げて、歩くスピードを上げた。
走る体力がないから、ウォーキングをするしかないというなんとも悲しい選択だったけれど、とりあえず予定していたジョギングの2~3倍の時間歩こうと決心したのだ。
車のクラクションも、リキシャのチャリンチャリンというチャイムも、いたずらにかけてくる声も全部シャットアウトし、すべての視線を無視して、私は歌いながら歩き続けた。
日本にいたら、明らかに洋楽セレクションを流しているところだけれど、異国にいるせいか、私は邦楽セレクションを聞きながら同じ道を何度も何度も往復して、脚が痛くなるまで歩き続けた。
木村カエラ、サザン、福山雅治、ドリカム、soma、東京エスムジカ、ジブリのサントラ…ジャンルもテンポも関係なく好きな曲だけをミックスしたプレイリスト「セレクションJP」。
ノリノリの曲が流れると、調子に乗ってちょっと走り始めたりジャンプしてみたりしてみるのだけど、やっぱりすぐに膝がぐらついて結局歩き出す。
でも、そうして歩いているうちに、色んな思いも体の中で消化されていって、「そろそろ帰るか」と歩みを止めて立ち止まったところで、私はダッカに来てはじめて、ここの木に手を触れ緑の隙間からゆっくりと空をながめていた。
子供の頃からそういう時間が好きだったのに、ダッカではまだ自分の好きな場所や木を見つけていなかったなぁ。。。
ダッカ生活実質2ヶ月。まだまだ自分の生活のリズムも、友達も、趣味も、好きな場所も曖昧でよく分からないけれど、これから少しずつ、色んな意味での自分のスタイルを見つけていきたいなあと改めて思った。
今日はこれから、インドのハイコミッション主催のヒンドゥ教のお祭り「Diwali」(本当のDiwaliは先週の金曜日)に行って、途中抜けて「Salsa Night」でひと踊りして、再びDiwaliの会場へ。
そっちの報告はまた後ほど。
今日昼過ぎに、オフィスの天井から火が出た。
天井から煙のにおいがするとみんながソワソワしはじめたと思ったら、蛍光灯のあたりからボワボワ~ッとオレンジ色の炎があらわれたのだ。
幸い消化器をひと吹きかけて火はすぐに沈下したので、大事には至らなかった。
でも、実はこんなことはバングラデシュでは珍しくない。
私が入社してからも既に同じようなことを1度経験しているし、以前には天井からもっと大きな炎が吹き出してきたこともあったらしい。
原因は、漏電、ショート、毎日の停電による電気コードの摩耗などいろいろな要素が考えられるが、その場しのぎのいい加減な修理にも問題があると思う。
ここでは、水道、電気、車の修理にいたるまで、完全な状態というのはなかなか望めないため、そもそもそれを期待することが間違っているような気にさえなってくる。
わが家にも、電気配線や水回りの工事のために修理工の若いお兄ちゃんが何度かやって来たことがある。彼らは「ハイハイ、配電のチェンジね」といった感じでいきなり壁をぶち壊しはじめる。ドリルとドライバーを使ってグリグリと時間をかけて壁に穴を開けていって、手早く作業を終えると再びセメントで壁を埋めて帰って行くのだ。
そして、部屋中に飛び散った壁の破片や細かい削りかすを掃除してひと段落すると、さっき削られたばかりの壁の傷跡が生々しく工事の余韻を残している。再び塗られた壁の色は、明らかに周りの色になじめずに浮き立っているのだ。
そんな感じだから、どこの家でも、よくよく注意して見てみると「あ~、ここは何らかの工事をしたんだなぁ」という確かな、そして恥じらいのない痕跡を見ることができる。
それにしても、トラブルもその修理も日常茶飯事なこの国には、ある意味での柔軟性が備わっているようにも思う。
ためらいなく壁を壊したり、家具などデザインの急な変更にも“つぎはぎ”ですぐに対応してくれたり、道で車が故障すればその場で解体して手早く器用に修理をはじめたり。
きっと、物事を計画的に建設的に進めていくことが少ないからこそ、なにか物事が計画通りに進まない状況に対しても寛大になれるのだろうと思ったりもする。
そうやって考えてみると、ダッカの街そのものが、なんだかたくさんの“つぎはぎ”でできているような気もする。
天井から煙のにおいがするとみんながソワソワしはじめたと思ったら、蛍光灯のあたりからボワボワ~ッとオレンジ色の炎があらわれたのだ。
幸い消化器をひと吹きかけて火はすぐに沈下したので、大事には至らなかった。
でも、実はこんなことはバングラデシュでは珍しくない。
私が入社してからも既に同じようなことを1度経験しているし、以前には天井からもっと大きな炎が吹き出してきたこともあったらしい。
原因は、漏電、ショート、毎日の停電による電気コードの摩耗などいろいろな要素が考えられるが、その場しのぎのいい加減な修理にも問題があると思う。
ここでは、水道、電気、車の修理にいたるまで、完全な状態というのはなかなか望めないため、そもそもそれを期待することが間違っているような気にさえなってくる。
わが家にも、電気配線や水回りの工事のために修理工の若いお兄ちゃんが何度かやって来たことがある。彼らは「ハイハイ、配電のチェンジね」といった感じでいきなり壁をぶち壊しはじめる。ドリルとドライバーを使ってグリグリと時間をかけて壁に穴を開けていって、手早く作業を終えると再びセメントで壁を埋めて帰って行くのだ。
そして、部屋中に飛び散った壁の破片や細かい削りかすを掃除してひと段落すると、さっき削られたばかりの壁の傷跡が生々しく工事の余韻を残している。再び塗られた壁の色は、明らかに周りの色になじめずに浮き立っているのだ。
そんな感じだから、どこの家でも、よくよく注意して見てみると「あ~、ここは何らかの工事をしたんだなぁ」という確かな、そして恥じらいのない痕跡を見ることができる。
それにしても、トラブルもその修理も日常茶飯事なこの国には、ある意味での柔軟性が備わっているようにも思う。
ためらいなく壁を壊したり、家具などデザインの急な変更にも“つぎはぎ”ですぐに対応してくれたり、道で車が故障すればその場で解体して手早く器用に修理をはじめたり。
きっと、物事を計画的に建設的に進めていくことが少ないからこそ、なにか物事が計画通りに進まない状況に対しても寛大になれるのだろうと思ったりもする。
そうやって考えてみると、ダッカの街そのものが、なんだかたくさんの“つぎはぎ”でできているような気もする。
ここダッカは、毎日がゴールデンウィーク帰省ラッシュ並みの渋滞にみまわれている。
金土休みのダッカの一週間渋滞予報をするならば、「日曜日から木曜日は早朝遅晩を除き終日渋滞。金曜日は一時解消されるでしょう。土曜日はところにより渋滞が見られますが、その他の各地では比較的穏やかな流れとなるでしょう」といった感じだろうか。
ダッカの道路は、年々量を増す自動車、人力で走るリキシャ、三輪タクシー(CNG)が狭い道路に無秩序にひしめき合っている上、その間を縫うようにして人々が右へ左へと行き交っている。そして、誰もがなかなか進まない道の小さな隙間を見つけては入り込んで行こうとする。
そんな悪循環だから、ダッカの道はいつでも混み合っていて、クラクションの音が絶えないのだ。
私はといえば、毎日車で15分程度の距離をおよそ1時間かけて通勤している。ひどい時には、事故か何かの原因で2時間半近くかかってようやく会社にたどり着いた日もあったくらいだ。
だから最近は、毎日の長い道中を、朝は主に読書、帰りは小さな活字を読むには暗すぎるのでドライバーとのベンガル語会話にいそしんでいる。
そういえば、先日ドライバーに聞いた話によると、一週間ほど前からエアポート・ロードやビシュ・ロードなどのメイン道路で、大幅なUターン制限が導入され、それによって渋滞が少なからず解消されるだろうとのことだった。
言われてみれば確かに、ここ2~3日の帰り道はいつもよりもスイスイと車が走っていたような気もするけど…気のせいだろうか。
本当に渋滞が軽くなったらいいなぁ思う一方で、このバングラデシュの気まぐれな政策や情報に一喜一憂して、無駄なエネルギーを消費してしまうのはやめておこうと思うのも間違っていないと思う。
でも…それでもやっぱりこの渋滞はなんとかして欲しい。
金土休みのダッカの一週間渋滞予報をするならば、「日曜日から木曜日は早朝遅晩を除き終日渋滞。金曜日は一時解消されるでしょう。土曜日はところにより渋滞が見られますが、その他の各地では比較的穏やかな流れとなるでしょう」といった感じだろうか。
ダッカの道路は、年々量を増す自動車、人力で走るリキシャ、三輪タクシー(CNG)が狭い道路に無秩序にひしめき合っている上、その間を縫うようにして人々が右へ左へと行き交っている。そして、誰もがなかなか進まない道の小さな隙間を見つけては入り込んで行こうとする。
そんな悪循環だから、ダッカの道はいつでも混み合っていて、クラクションの音が絶えないのだ。
私はといえば、毎日車で15分程度の距離をおよそ1時間かけて通勤している。ひどい時には、事故か何かの原因で2時間半近くかかってようやく会社にたどり着いた日もあったくらいだ。
だから最近は、毎日の長い道中を、朝は主に読書、帰りは小さな活字を読むには暗すぎるのでドライバーとのベンガル語会話にいそしんでいる。
そういえば、先日ドライバーに聞いた話によると、一週間ほど前からエアポート・ロードやビシュ・ロードなどのメイン道路で、大幅なUターン制限が導入され、それによって渋滞が少なからず解消されるだろうとのことだった。
言われてみれば確かに、ここ2~3日の帰り道はいつもよりもスイスイと車が走っていたような気もするけど…気のせいだろうか。
本当に渋滞が軽くなったらいいなぁ思う一方で、このバングラデシュの気まぐれな政策や情報に一喜一憂して、無駄なエネルギーを消費してしまうのはやめておこうと思うのも間違っていないと思う。
でも…それでもやっぱりこの渋滞はなんとかして欲しい。
こんにちは。
私は今、バングラデシュの首都ダッカにいます。
これまで何度か訪れたバングラデシュで、とうとう本格的に生活を始めたわけです。
なにかとご縁のあるバングラデシュ…ちょっと住んでみたいなぁと思ったこともあったけど、まさかインド人と結婚して本格的に腰をすえて住み始めることになるとは。。。
不安や驚きはあまりなかったけれど、豊かな自然と四季、そして温泉のある日本を離れることに思いきり後ろ髪を引かれながら、今年7月27日に人生6度目のバングラデシュ入国を果たしたわけです。
この度は、なかなか日本や海外にいる友人・知人の皆さん一人一人にマメに連絡ができないので、近況報告をかねて、この度ブログをはじめました。
日本を発って早3ヶ月。
9月には夫の実家、南インドはタミールナドゥ州へ飛び、南インド式結婚式のショートカット版をとりおこない、親戚・知人宅を廻りながらあっという間に一ヶ月が過ぎ、9月末に再びダッカへ。
そして、ここにきてようやく少し落ち着いてきた感じです。
これから、ダッカでのささいな出来事や、なんでもない日常の中で見たこと聞いたことを、気が向いたときに書いていきたいと思います。
それでは。
私は今、バングラデシュの首都ダッカにいます。
これまで何度か訪れたバングラデシュで、とうとう本格的に生活を始めたわけです。
なにかとご縁のあるバングラデシュ…ちょっと住んでみたいなぁと思ったこともあったけど、まさかインド人と結婚して本格的に腰をすえて住み始めることになるとは。。。
不安や驚きはあまりなかったけれど、豊かな自然と四季、そして温泉のある日本を離れることに思いきり後ろ髪を引かれながら、今年7月27日に人生6度目のバングラデシュ入国を果たしたわけです。
この度は、なかなか日本や海外にいる友人・知人の皆さん一人一人にマメに連絡ができないので、近況報告をかねて、この度ブログをはじめました。
日本を発って早3ヶ月。
9月には夫の実家、南インドはタミールナドゥ州へ飛び、南インド式結婚式のショートカット版をとりおこない、親戚・知人宅を廻りながらあっという間に一ヶ月が過ぎ、9月末に再びダッカへ。
そして、ここにきてようやく少し落ち着いてきた感じです。
これから、ダッカでのささいな出来事や、なんでもない日常の中で見たこと聞いたことを、気が向いたときに書いていきたいと思います。
それでは。