今日昼過ぎに、オフィスの天井から火が出た。
天井から煙のにおいがするとみんながソワソワしはじめたと思ったら、蛍光灯のあたりからボワボワ~ッとオレンジ色の炎があらわれたのだ。
幸い消化器をひと吹きかけて火はすぐに沈下したので、大事には至らなかった。
でも、実はこんなことはバングラデシュでは珍しくない。
私が入社してからも既に同じようなことを1度経験しているし、以前には天井からもっと大きな炎が吹き出してきたこともあったらしい。
原因は、漏電、ショート、毎日の停電による電気コードの摩耗などいろいろな要素が考えられるが、その場しのぎのいい加減な修理にも問題があると思う。
ここでは、水道、電気、車の修理にいたるまで、完全な状態というのはなかなか望めないため、そもそもそれを期待することが間違っているような気にさえなってくる。
わが家にも、電気配線や水回りの工事のために修理工の若いお兄ちゃんが何度かやって来たことがある。彼らは「ハイハイ、配電のチェンジね」といった感じでいきなり壁をぶち壊しはじめる。ドリルとドライバーを使ってグリグリと時間をかけて壁に穴を開けていって、手早く作業を終えると再びセメントで壁を埋めて帰って行くのだ。
そして、部屋中に飛び散った壁の破片や細かい削りかすを掃除してひと段落すると、さっき削られたばかりの壁の傷跡が生々しく工事の余韻を残している。再び塗られた壁の色は、明らかに周りの色になじめずに浮き立っているのだ。
そんな感じだから、どこの家でも、よくよく注意して見てみると「あ~、ここは何らかの工事をしたんだなぁ」という確かな、そして恥じらいのない痕跡を見ることができる。
それにしても、トラブルもその修理も日常茶飯事なこの国には、ある意味での柔軟性が備わっているようにも思う。
ためらいなく壁を壊したり、家具などデザインの急な変更にも“つぎはぎ”ですぐに対応してくれたり、道で車が故障すればその場で解体して手早く器用に修理をはじめたり。
きっと、物事を計画的に建設的に進めていくことが少ないからこそ、なにか物事が計画通りに進まない状況に対しても寛大になれるのだろうと思ったりもする。
そうやって考えてみると、ダッカの街そのものが、なんだかたくさんの“つぎはぎ”でできているような気もする。