ジョーイ 『トリビア』 -ニ -5ページ目

ジョーイ 『トリビア』 -ニ

海外ドラマ『フレンズ』のジョーイがトリビアを紹介していきますw

友人に。知人に。同僚に。日々の雑談に役立てて下さい♪

余談ですが自分はアウトプットしまくってますw

クラーク博士は1826年7月31日アメリカマサチューセッツ州生まれ。

 

大学時代は全米の優等生の一人に選ばれるほど優秀で、社交的で誰からも好かれる人物でした。

 

1876(明治9)年に札幌農学校(現在の北海道大学)の初代教頭としてアメリカから招かれ、農学とキリスト教を教えましたが8ヶ月でアメリカに帰国。

 

地元でも自分の理想とする大学創設を目指しましたが資金が集まらず挫折。

 

生活も苦しくなりました。

 

そして友人にそそのかされ実業家の世界に転身。

 

1880年、出資者を募ってクラーク・ボスウェル社という鉱山会社を設立し社長に就任しましたが、1年半で倒産。

 

負債総額は現在の179万ドル、日本円でおよそ2億円にのぼり、出資者や親戚からサギ容疑で訴訟を起こされました。

 

有罪にはならなかったものの信用は失墜、1886年心臓病のため59年の生涯を終えたのです。

 

ちなみに「青年よ大志を抱け」と言ったかどうかも疑わしいようです。

 

社交的なあたり、ちょっとお調子者だったのかもしれないな、なんて折出は勝手に性格づけ。真偽のほどは分かりませんよ。

 

 

どくしゃになってね!

算用数字の「10」を使った場合は「じゅっぷん」と読んでかまわないけど、常用漢字の「十」は「じゅう」もしくは「じっ」という音読みはあっても「じゅっ」という読み方はないんです。

 

だから「じっぷん」。

 

こういう漢字の読み方も過剰反応するのはある意味職業病だなあ。

 

ま、ルールとして知っておけばよろしいんじゃないでしょうか。

 

違反しても罰則はないけど。

 

 

どくしゃになってね!

声変わり、とは一般に男子が少年期から青年期に移る時に声帯に変化が起こり音声・声域が変わり声が低くなる現象です。

 

折出知識としては、女性も声変わりをするというのを聞いたことがあります。

 

これはNHKの学校放送チーフディレクターだった川島正二さんが音楽教師をしていた時に中学生の歌唱指導にてこずった経験から、変声期の子供の歌を指導する先生の為と子供自身が変声期の状態を把握する為にその過程を記録していったレコードで、その名もズバリ「変声期」。声の主は古庄紋十郎(ふるしょう・もんじゅうろう)さん。

 

昭和35(1960)年4月2日の12歳から昭和38(1963)年4月2日、15歳までの「シューベルトの子守唄」の歌声が毎週一回ずつ記録されています。

 

少年の歌声から声がかすれて高音が出なくなり声変わりが終わる様子はまさにドラマティック、と感じるのは声を生業にしてるボクだけ?

 

 

どくしゃになってね!

第一話、見開きのタイトル「ビッグ・セイフ作戦」の次のページにブリーフ一枚で仁王立ち、タバコを吸っているゴルゴ13が登場。

 

ベッドで寝ていた女性が気づいて、脅かしてやろうと背後からそっと近づいたとき、ゴルゴ13から右のストレートを左目にくらいます。

 

彼の後ろに立つと反射的に攻撃をされることを知らなかったんですね。

 

彼、用心深いから。

 

…ところで、これだけの説明ではなぜブリーフ一枚で立っていたのか分かりませんね。

 

要するに、男と女の祭りのあと、ということ。

 

終わったあとにブリーフ1枚で外を見る。

 

これぞハードボイルド。

 

この漫画、ゴルゴ13は1969年の「ビッグコミック」で連載を開始して以来一度の休載もなく続いています。

 

生年月日や国籍、本名などは全て不明で、推定で身長182cm、体重80kg、血液型はA型。

 

最近は依頼者と接触するときは壁や木に背中を密着していることがありますが、彼も偶然背後に立たれることを警戒してるんでしょうか。

 

 

どくしゃになってね!

昭和29年から平成8年までの42年間走っていた赤い車体がアルゼンチンのブエノスアイレスの地下鉄で走っています。

 

「乗務員室」と書かれたドアや日本語の路線図、非常ボタンや落書きもすべてそのまま。

 

当然アルゼンチンの人は読めるはずもなく、勘で運転しているようです。

 

このいきさつ、老朽化した車体を売りに出したら、アルゼンチンから買いたいという申し出がありました。

 

しかし、アルゼンチンは地球の裏側。運ぶ手段も限られます。

 

1994年から96年の間に電車131台を船で30日かけて運び、第2の人生を送ることになります。

 

持って行ってすぐに使えたのは、日本が大正時代に始めて地下鉄の建設を計画したときにブエノスアイレスの地下鉄のシステムをまねて造られたからなんです。

 

 

どくしゃになってね!

小さい頃地震に関する本を読んでいた時に「震度表」というものが載ってました。

 

震度0から震度7まで、こういう状態のときはこの震度ですというのがあって、気象庁の職員が震度表に当てはめて発表しているということもちゃんと書いてありました。

 

変な話、公式なものでなければ震度は誰でも測ることができるんですね。

 

ところが、平成7年の阪神大震災のときにこのシステムでは震度6までしか測ることができませんでした。

 

震度7の地域があると最初に確認されたのは地震発生から3日後のこと。

 

そのために震度を客観的に早く発表することが必要とされたため、震度計による発表に変わりました。

 

地震があってすぐにテレビで震度が発表されるようになったのはこのためなんでしょうね。

 

 

どくしゃになってね!

江戸時代中期あたりから大漁の時には大漁旗を揚げるようになりました。

 

大漁の魚を港に降ろすために人手が必要なため、旗を揚げて目印にしたんです。

 

「おーい、人手がいるぞー!」というサインですね。

 

この大漁旗、揚げるのは個人の自由なので収穫がなくても揚げても問題ありません。

 

最近では祝い事があった日に揚げることが多いようです。

 

 

どくしゃになってね!

秒速で700mぐらい、時速に直すと2500kmくらいで走る乗り物が開発されていました。

 

この開発の指揮を執ったのが小沢久之丞(おざわ・きゅうのじょう)教授。

 

名城大学理工学部教授になった昭和24年に「音速滑走体の構想」を発表し、昭和34年に初実験が行われました。

 

真空状態の中を走らせることで空気抵抗を無くし高速化を目指しました。

 

実験で使用した乗り物は全長1m、直径8cm、重さ6.7kgでロケットエンジン搭載、昭和45年の第5回滑走実験では中にカメとカエルが乗り込み、1600mのコースを3秒で滑走しました。

 

確かに速い!

 

しかし、止まることができずにそのままストッパーに激突、実験動物は天に召されました。

 

昭和47年の第7回目の実験では見事成功、実用化に向けて開発が進む…といきたいところですがスタートするときに30Gぐらいの重力がかかって内臓破裂の危険があるので、実際に人が乗ることができるかどうかは…。

 

さらに金銭面や騒音などの問題で実用化の目処が立たず、小沢教授の死と共に開発は消滅しました。

 

小沢教授は旧陸軍の爆撃機「飛龍」を設計し陸軍大臣賞を受賞しています。

 

 

どくしゃになってね!

それでは、作者不詳、岡野貞一作曲による童謡「桃太郎」の1番から3番までをご紹介。

 

 

1.桃太郎さん桃太郎さん お腰につけた黍団子 一つ私に下さいな


2.やりましょうやりましょう これから鬼の征伐に ついていくならやりましょう


3.行きましょう行きましょう あなたについて何処までも 家来になって行きましょう

これで、桃太郎・犬・猿・雉子の黄金のカルテットが出来上がりました。それでは4番。

 

4.そりゃ進めそりゃ進め 一度に攻めて攻めやぶり つぶしてしまえ鬼が島

…「つぶしてしまえ」?ちょっと過激になってきました。では、クライマックスの5番です。

 

5.おもしろいおもしろい 残らず鬼をせめふせて 分捕物をえんやらや

桃太郎、鬼退治を面白がってます!物をぶんどってます!では、6番。

 

6.万々歳万々歳 お供の犬や猿雉子は 勇んで車をえんやらや

 

というのが童謡「ももたろう」の歌詞です。

 

いや、気持ちいいじゃないですか!

 

悪いことしたら徹底的に懲らしめられるっていうのを教えないと!

 

ちなみに、この桃太郎のモデルは吉備津彦命(きびつひこのみこと)。岡山県の言い伝えでは「鉄の製法を手に入れる為に大和朝廷から天下りのような形で吉備地方に遣わされた」とされています。

 

 

どくしゃになってね!

最初は住む場所が近いエビ同士が7匹程度で移動を始めます。

 

「…そろそろ行くか?」ってな感じですね。

 

そこから徐々に他のエビが合流していき、時には60匹の伊勢エビが連なることもあります。

 

1週間寝ずにおよそ50kmの道のりを歩きます。

 

これは伊勢エビには渡り鳥のような習性があり、寒くなると暖かいところを求めて移動すると言われているんです。

 

それで外敵から身を守るために一列になって行進するのだろうといわれていますが、僕の解釈は違います。

 

それは、映画「えびボクサー」を観るためです!

 

エビ仲間では、映画に出たあのエビはインド映画「ムトゥ 踊るマハラジャ」の主演、ラジニカーントばりの人気者なんですよ!

 

…さておき、このエビの列、集団から襲われたときは最後尾のエビが身代わりとして犠牲になることが多いと言われてます。

 

 

どくしゃになってね!