13時半に起床。昨日も寝つけたのは6時過ぎだと思う。深くて長い眠りを得ることが出来ない。最近の倦怠感も寝不足が原因だと感じている。

 起きて近所を原付で二周する。すぐにウォーキングに出かける。しかし、爽快感がない。爽快感が無いから歩きながら別のことで気を紛らわせないか考えながら歩く。色違いのワンリキーかマンキー、あるいはポチエナが出れば気分が変わるだろうと歩き続ける。途中で有酸素運動の気持ちよさを感じる瞬間があったが長続きはしなかった。歩けば歩くほど過去の嫌な出来事を想起し、あまつさえ両親の自分の育て方にまで文句をつけながらあるく。アメブロのいいねをくれる人も心療内科の人ばかりだ。いいねを付けるのは良い。だが何の解決策もメッセージで送信してこないのは何故だろう。僕はアダルトチルドレンなのかと心配になるようなプロフィールの人だった。そういう病気もあるらしい。

帰宅するも元気がないから両親に憎まれ口も叩く気になれなかった。ああ、そういうことか。憎まれ口すらリップサービスで本当は不必要なものなのだなと思う。そもそも必要ないものなのだ。今の自分に相手を構って憎まれ口を叩く余裕などない方が良いと感じた。

すると、父が心配したのかシーガルリーガルのウィスキーを出してきて僕に勧める。飲んで饒舌になる。酔いよりも父の気づかいに応えないといけない気持ちになり、つい余計なことを口に出して乳を不快にさせる。

「二丁目の交差点で小学生のこが68歳の婆に轢かれて意識不明になったらしい。被害者が実名で晒されているのに何で加害者の婆は実名を晒されないんだ。おかしい。」

そういういつもの老人批判だ。父は自分が言われていると思うのか、自分の世代が批判されたと思うのか、僕が保守的でない考えを話すとあからさまに機嫌が悪くなる。言わなくて良い話をしてしまったといつも思う。

「じゃあ。早めに免許を返納しないとな」と父は言い、「あと七年しか運転が出来ないのか」と僕が自動車免許を取らないことをなじるような口調で言う。

バツが悪かった。

「ウィスキーありがとう」と言い、僕はいつものように部屋に籠る。顔を合わせたくないし、家族と一緒にテレビを見ている時間がもったいない。これは前から変わらない。

ウィスキーの酔いもあり、今日はポケモンゴーのツイートもいつもと変化した。牧野が池の森で撮影したゴー・スナップショットも絵本風な文章を添えてツイートした。いつもより反応が良い気がする。やはり、抽象的な文章を書く方が受けが良いし、僕自身の気持ちも穏やかだ。

今年受けた退職勧奨をポケモンゴーに絡めて振り返る試みを考えていたが、面白くもない自分が語りをしても仕様がないのかなという気持ちがしている。それはそれで必要なことなのかもしれないが、自分が癒される瞬間は突拍子もない現実離れした寓話で遊ぶ時だ。また、本をぱらぱらとめくり目についた単語をお題と称して作り話をするのも良いのかもしれない。