都会のジャングル化? | 「衣食住育学」石川幸夫のブログ

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教育畑40数年、猫好き、子ども好き、音楽好き!幼児、小学生の算数指導用に、水道方式のタイルを独自開発。教育評論家・教育研究家・子育て評論家としても活躍中です。

 

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可塑性と臨界期?

■幼少期の適切な環境と刺激が子どもの成長に大きな影響を!

 今日もご訪問頂きありがとうございます。

 

 今日は、「可塑性」(かそせい)と「臨界期」に関するお話をします。この、二つのことについて質問が数件寄せられたので、私見を述べさせて頂きます。

 

 情報化社会からか、私たち教育の専門家以上の知識や見識を持たれている保護者の方も多く、また、こうした心理学や脳科学に興味を持たれる方も増えてきています。そもそも、生まれたばかりの赤ちゃんは、誰もがおよそ150億の脳細胞を持っています。しかし、数年過ぎたころから、子どもたちに能力差が生まれます。昔は、能力差は遺伝だろうと考えられていましたが、脳科学や、認知心理学の発達により、脳の発達過程に見られる特徴から、簡単に遺伝とは考えにくい事例が多く出てきました。

 

 今回のテーマである「可塑性」と「臨界期」は、人の認知過程に関する重要な意味を持っています。ご存じの方も多いと思いますが、1937年にインドのジャングルで発見されたアマラとカマラは、オオカミに育てられたため、人間社会で必要な行動や言語能力を持っていませんでした。彼女たちは四つん這いで移動し、吠えるような声でコミュニケーションを取るなど、オオカミの習性が強く現れていました。彼女たちの事例は、幼少期の環境が脳の発達にどれほど大きな影響を与えるかを示しています。

 

 アマラとカマラの話は、脳の「可塑性」に関連する大変興味深い例の一つです。彼女たちがオオカミに育てられたことで、人間としての社会的・言語的なスキルが発達せず、動物的な行動が顕著に現れたことは、脳の可塑性の重要性を示しています。

 

 ここで言う「可塑性」は、脳の柔軟性という特徴を表しています。脳は、その環境や刺激に対し柔軟に対応する特性を持っています。更に、言語の習得や社会的スキルの発達には、特定の「敏感期」が存在します。この時期に適切な刺激を受けることで、正常な発達が促進されます。アマラとカマラがオオカミに育てられた環境では、これらの敏感期に必要な刺激が欠如していたため、人間的な能力が発達しなかったと考えられます。

 

 成長に適した時期を指す「臨界期」、そして、時期を過ぎても補完が可能な「敏感期」、この両者は、脳の発達における重要な時期を指しますが、臨界期は特定の経験が必要不可欠であり、期間を逃すとその経験を補うことが困難であるのに対し、敏感期はその経験が有利である時期であり、期間を過ぎても補完が可能です。両者は脳の可塑性や発達において重要な役割を果たし、適切な刺激や経験が提供されることで、正常な発達が促進されます。

 

 ちょっと難しい話になってしまいましたが、子どもの成長に、環境と刺激が重要であることは明白で、その対応は人対人、つまり、親と子の密なる関係の重要性を示しています。今日の題である都会のジャングル化は、子どもたちにとって、最も影響力のある両親が自分に無関心で、スマホ画面を見ることの方が多い子育て環境を意味しています。0さいから6歳までは、言語に習得に関する臨界期であり、この時期、機械音中心の言語刺激は、表情のない無機質な環境と、自分の意思をくみ取ることなく、情報を垂れ流しているだけの環境になり、人の声に無反応な子どもになりかねません。

 

 子どもの持つ柔軟な脳は、自分が育つ環境を、自らの発達過程で示します。「鉄は熱いうちに打て」その時は待ってくれません。言葉の獲得が不十分な子は、思考力、判断力、想像力に力を発揮できません。また、人間性にも大きく影響します。言葉による心の抑制や、コミュニケーション能力が不足しているからです。こうした、認知能力・非認知能力のバランスの取れた成長には、適切な時期、適切な環境、適切な刺激は欠かせない要素です。幼少期の柔軟な脳に対する働きかけは、私たち、教育者にとっても見過ごすことのできない、脳の発達に向き合う環境づくりが求められています。連載させて頂いている、教育専門誌、玄関私塾界の原稿も校正も終わり、ひと段落して明日行われる「子育てHOTLIVE」に臨みます。