「学力を毎年上げてきている子」

■語り続けることで

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 今、政府は行政のICT化に向けた様々な作業を開始しています。連携という面では、ネットワークの形成は欠かせない作業になります。縦割り行政から脱皮、それは、教育の世界もけして例外ではありません。

 

 明日、経済産業省の方々と、大手通信企業の方と意見交換が行われます。コロナ禍で生活スタイルが半ば強制的に変化を強いられ、オフィスワークから、在宅ワークへとこちらも変化を強いられました。こうした状況は、子育てにも変化が求められ、ネットワークを活かした「オンライン保育」の構想が持ち上がっているのです。私も、そのお手伝いをする事になり、明日は初めての意見交換会です。

 

 テクノロジーを活かした学習支援は、だいぶ昔、今のようなパソコンと呼ばれる前の、「マイコン」時代から、コンピュータは「何でもできる道具」として注目の的でした。私も、『マイコン』時代からコンピュータと接し、当時はなんと自分で組み立てたのです。ようやく完成品が出てきたとき、それを購入しても何もできない状態でした。今のようにウインドウズのようなOSが組み込まれていなかったからです。BASICというプログラム言語を使い、自分でプログラムを策しなければなりませんでした。今でも、名残のプログラムは健在で、マイコンも残っています。

 

 子どもも、どこかこのマイコンと似ています。動くにはプログラムが必要です。それも多種多様の。子どもにとって、急激に学習が伸びるということはそうそうありません。脳にも発達段階で、様々な思考・記憶プログラムが必要だからです。

 

 小学4年生からお預かりした子は、無口で、話しかけても必要最低限の言葉しか返ってきません。成績はかなり厳しく、一般クラスの水準ギリギリの状態でした。この生徒と相対していくと、この子には、言葉の壺、思考の壺が全く満たされていないことがわかってきました。

 

 教え込む、それ自体もできない状態です。言葉の壺が満たされていない事から、人の話を聞くことも苦手です。余談ですが、学力の低い子は体力も低く、学習に向かう為の体力がありません。体力が無いから、姿勢も保てません。学ぼうという意識も長くは続きません。聞くには、体力も必要なのです。

 

 しかし、この子が、年々成績を上げていったのです。学校で行われる教科の成績調査の結果が毎年出るのですが、そのデータ蓄積は小学校から中学校へと学校をまたいでも継続した調査結果がでます。正に、コンピュータの成せる技ですね。

 

 最も高い評価は英語で、上から数えた方が早いと言うレベルにまで到達しています。徹底的に指導したのは、「声を出す学習」そして、「書き込む学習」でした。読むという行為は、自分自身に語りかける学習です。それも、声を出すわけですから、当然ながら音読中心の学習になります。まずは、「言葉の壺」に沢山の言葉を入れて上げなければなりません。音読効果は、語彙の獲得だけに留まりませんでした。声を出して読むことから、「話す」という行為に繋がって言ったのです。無口な子が話すようになってきたのです。この子に関しては、積極的に話してくれるまで3年程かかりました。この子からは「待つことの大切さ」を教わりました。

 

 まず、国語系から成績が上がってきました。一般学級に入れるかの状態から、いわゆる普通の学力までになったのです。最近では、数学にその効果が見られるようになってきました。考える事ができるようになってきたのです。このように書くと、だれでも考える事はできるのでは?と思われがちですが、語彙数の少ない子は、考える事すら当たり前にできないのです。皆、考えられず脳が活動を停止した状態になります。時間はかかっても「自分で」考える。この回路が少しずつでも形成されてくると、目つきや態度に変化が現れます。

 

 幼児期から、本を読むということが半ば習慣化している子は、小学校に上がってから、読む本に幅が出てきます。それが、入学後急激に語彙数を高める一つの要因だと思います。そこで、成績に自信の無い子には、こうして「声に出す授業」を行い、強制的に文を読むことになれて貰います。本を読むことが、自分にとって最も効果的な学習法であることを知ってもらうには、やはり長い時間がかかりますね。彼女の学習を見てきた私、それを数値やグラフで表してくれたコンピュータ、とても良いタッグを組んでいると思っています。

「Educe=引き出す」

■秘められた才能を引き出す?

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  私が指導内容を監修している幼児教室があります。今日も、コロナ禍でありながら、小学校入学準備クラスの体験者が数名来られるとの報告を受けました。この春学校に上がるお子さんだけでなく、来年のことを見据え、入室希望される方も増えています。

 

 教育と言えば、その感じ通り「教え育む」となります。対して英語では「Education」 で、その語源は「Educe」で、「能力などを引き出す」という意味になります。幼児教育に否定的な方の中には、「教え育む」事ではなく、子どもの持つ「秘めたる力を引き出す」ことが大切だと、この意味を読解されることがあります。何度も、申し上げているように、科学の世界から、生まれたての脳から、成長する脳の発達過程を捉えると、人の脳には、生まれついた「知的能力」は無いと分析、解析しています。

 

 教え込む、このことは、教育という名を借りた「飼育」になる可能性があるので注意が必要です。もうすぐ小学校という段階で、多くのご家庭では、その子の親御さんより、祖父母の方が、小学校に上がる孫のことを気に掛けています。その経験から、孫のこれからを案じ、我が子に発破を掛けます。場合によっては、孫の為にと、沢山の教材を送り届ける祖父母の方もいらっしゃるでしょう。

 

 時折、私もこの間に入り、互いの意見を聞きながら最終的な着地点を目指し、お話をさせて頂くことがあります。こうして、おじいちゃん、おばあちゃんの教育論と、親御さんの教育論がぶつかり合うことはよくあることです。かたや、人生経験豊富で子育て経験のあるおばあちゃん、そして、かたや、まだまだ人生経験も豊富ではなく、子育て経験に浅い両親、そこで、互いの意地の張り合いになりいつまでたっても話しが平行線のまま終わります。

 

 何故、最近になりこうした「もめごと」が多くなってきたのでしょう。仕事から離れ、第二の人生を歩み始めた祖父母の方々は、その時間的余裕から、子育てや教育に関し、様々な情報に触れているのでしょう。たいして、若いご夫婦は、生活に追われ、子育てに関わる時間も生活の一部として多くをかけられない状態のようです。ここで大切なことは、我が子、我が孫を他の子と比較しないことです。また、ご本人が自覚しないまま育児放棄が進んでいる場合があります。スマホに夢中になり、子どもの声を聞いたり、子どもを見て向き合う時間より、スマホの画面を見る時間の方が多い場合、既に無自覚の育児放棄が進んでいるかも知れません。

 

 長年、教育に携わり、多くの子どもたちを見てきた者から、子どもの能力はやはり、『教え育む』ことば無ければ、引き出すものが何一つ無いと言うことです。そして、脳の発達には、時期と段階があり、その年齢に適した指導が望まれます。脳神経細胞間のネとワーク作りは6歳児でほぼ8割を終えてしまいます。後回しにはできない脳神経細胞間のネットワーク形成、この事実をまずご理解下さい。子どもにとって湯煎すべき課題、それは、今しかできない事なのかが重要です。何故なら、その対応の結果、最終的に苦労するのが子どもだからです。

 

 学ぶ事に遅いはありませんが、その基本である幼児期の「学び」は一生のの財産です。子どもに残す財産の中で、何にも勝る財産が「学び」だと思います。

「親になったときから」

■他人の子ではないから…

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 雪が降り積もるかも、と報道されていましたが、外は冷たい雨です。でも、乾燥しきった空気も、これで潤いを取り戻してくれました。物事は考えようですね。

 

 今日は、教え子とその知人が立ち上げた「TSUNAGUカフェ」がZoomで行われます。人と人をつなぐ、そんな場を提供したいと、これまで数多くの方が参加しています。今日はどんな方と繋がるかとても楽しみです。

 

 立場的に、子育てや教育について私の見解を求められるのですが、コロナが発生する前は、Zoomなどではなく、正にリアルな会でした。その場で、子育てに悩むお母さんから、一緒に連れてきた我が子の様子から、どう対応していいか相談を受けたことがあります。

 

 子どもが生まれ、親になる。そんなことを漠然と考えてしまいますが、実際は、親になるのではなく、「親と呼ばれる」と言うのが正解なのでしょう。子どもが成長するように、親と呼ばれ、苦労を重ね親として成長するのですから、社会人としての成長と、親としての成長、このダブルの成長が課せられるわけですから、思う以上に大変なことです。

 

 子育てにつて、周囲は好き勝手な理想を述べます。「そんなことわかってる!」と思うことが多く、「でも、それができないから苦労しているのに!」。子育ては理想道理にいかないものです。育児書も、様々な子育て論も、みな平均点の子どもに対してのことばかり、我が子には当てはまらないことが多く、その当てはまらないことで余計に不安になる。

 

 一人一人の顔が違うように、子ども一人一人の個性も、また違うものです。私は、子育ても、教育も一人一人にあったオーダーメイドだと思っています。兄弟でも、同じように育てたつもりが、やはり同じようには育ちません。それは、一人の時の環境と、二人目の時の環境が違うからです。当然ながら、親としても成長しています。

 

 子どもを取り巻く環境から、子どもの成長はかなり左右されます。その環境も4つに分けられています。子どもに影響を与える環境は、子どもを中心に同心円状に広がると言われています。最も中心に近いところをマイクロシステムと呼びます。両親や兄弟、姉妹が集う環境です。次の円がメゾシステムと呼ばれる、家庭の友達関係、学校の友達関係になります。3番目の円は両親の職場や人間関係、兄弟姉妹の友人でエクソシステムと呼ばれています。最後の4番目はマクロシステムと呼ばれ社会全体です。

 

 子育てでは、多くの方が他の子と比較しがちです。生まれも、環境も違うのに、どこか同じように育てたいと思ってしまいます。それは、他の親も同様に思っているということです。子どもは製品ではないですから、ベルトコンベアーに乗って全く同じ既製品にはなりません。

 

 子育てで悩む方の大半がお母さんであるというところも気になるところです。威厳を持ち、正に厳格な父親として一家の大黒柱として君臨していた時代は、親にも威厳があり、父親の存在が、子どもたちの行動や言動を抑制していました。今の時代は、そんな父親の存在は皆無に等しく、大黒柱さえないのが現状です。それでも、なお、母親が子育ての中心でいることが、母親である女性を苦しめているのではないでしょうか。

 

 母親が子育ての中心であっても良いのですが、父親の不在は、子どもの精神的発達にとっても芳しくありません。母親が子育てをすること自体、当たり前ではないのです。母親が子育てに適していることは否めません。しかし、男性である父親の役割は、封建時代の我が国でもちゃんとありました。

 

 人には10数種類の知性があることをお伝えしました。その知性が様々な組み合わせから子どもの個性が生まれます。勿論、男女の差もあります。親が、幼少期、積極的に子どもと向き合う内に、子どもの個性は磨かれ、その子本来の進む道を模索し始めます。女性である母親の持つ子どもに「共感」する脳と、男性である父親の子どもの思考と行動を「システム化」する脳が、互いに機能しあう子育てが「理想」です。

 

 我が子を他の子と比較し、同じように育てたいと願うのはけして否定はしません。しかし、それは手本であって、我が子の望む「手本」ではないかもしれません。何故なら、他人の子どもだからです。金子みすゞさんの詩「みんな違ってみんないい」だと思います。

 

「学ぶことの基本がここにある」

■”なぞる”形を学ぶ

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 以前、教育の現場で唱えていた「7秒間のハグ」が、広告代理店の目に留まり、ベルメゾンの”hottokotto”という肌着のCMに採用されたことがあります。広告代理店の方から、「ハグで大切なこと、重要な点は何ですか?」と聞かれたとき、私は、「互いに感じあえる温もりです。」と答えたことを記憶ています。コロナ禍で人と人とが触れ合うことが少なくなってきた中、唯一、その温もりを感じあえていた「ミー子」がいなくなり、わかってはいても、その姿を探す自分がいます。

 

 どうも、考えることが湿っぽくなってしまいます。気を取り直して、教育や子育てなど、自分の思いを綴ろうと思います。昨日、リモート研修の時、医療機関の現場で頑張っている教え子が訪ねてきてくれました。今回の、コロナに対する対応には、前例がなく手探りの状態です。関連する事例を”なぞる”そこから、新たな治療を見出す。そんな連続のようです。

 

 私たちは、知らず知らず、過去の前例をなぞります。それは、教育の現場でも、社会でも同様です。最近、何かと「エビデンスはあるのか?」と問われますが、エビデンスとは、あくまでも後付けの検証です。その手前で、様々な対応を行ってきた「経験」や「「体験」にはかないません。先に行くものには、常に「エビデンス」などないのです。

 

 様々な電子機器の発達がありますが、AI時代を迎え、様々な電子機器の活用が望まれています。教育の現場でも同様なのですが、相手は血の通った人、発達段階にある子どもです。SFの世界のように、子どもの脳に最新のICチップを埋め込むわけにはいきません。それでは、温もりを感じないマシンと化してしまいます。あくまでも血の通った子どもたちの成長はアナログである脳の成長です。子どもの脳を成長発達させるには、その脳にあった指導法が一番です。ですから、「見る」「聞く」「読む」「書く」「話す」という教育の5要素が重要になるのです。

 

 話をよく聞ける子が優秀なように、優秀な子の環境を”検証”すると、まず第一に「環境」という二文字が浮かんできます。先ほどの、話をよく聞く子には、その子の話をよく聞いてくれる環境があります。この環境から生まれる学習を「なぞり学習」と言います。自分の話をよく聞いてくれるお母さんやお父さんの聞く姿勢を子どもが「なぞる」、真似をするのです。

 

 「なぞる」「真似をする」、もう、お気づきでしょう。そこには、子どもが真似をする「手本」があったのです。経済でよく聞く、「成功の為のパラダイム」です。ただ、コロナ禍では、経済界はパラダイムシフトせざるを得ない状態ですが、教育での「手本」は不変です。何故なら、人の成長発達は、人である以上変化しないからです。赤ちゃんの脳が初めから大人と同じ容積を持って生まれてくることはありません。赤ちゃんの脳は、生後、両親により育まれ成長していきます。そこに、人持つ「愛情」を言葉と、触れ合うことで学んでいくのです。

 

 赤ちゃんが言葉を話すようになる。それは、お母さんの言葉を「手本」とし復唱と言う「ことばのなぞり学習」を」するからです。以前も申し上げましたが、「母国語」という言葉の意味の深さは、母親の愛の深さだと私は思っています。文字を書くことにも「なぞり学習」が使われています。暗唱、復唱、書写、素読どれもがその基本を「なぞり学習」に於いています。こうしてみると教育的指導に新旧はないのだと思います。

 

 このブログを読み、教科書の音読や、書写、素読、フラッシュカードなどの指導を取り入れてくれた学校や塾、幼児教室などの先生方がいます。「それまでは、最新の設備をメインに考えていたのに、子どもたちの知性を高めるのは、古くから伝わる指導法とは…」と、「なぞり学習」を再認識されたようです。先生方だけでなく、小さなお子さんを持つお母さん方にも、今まで以上に読み聞かせをされているそうです。嬉しいことですね。お子さんと肩を寄せ合い、絵本を読む姿、想像するだけで笑顔になります。子どもは、母親、そして、父親から学ぶ。このことを実感します。明日は雪になるかも、でも、心は暖かですね!

 

 

「夢や目標を持てない子に!」

■心は、感じて動くもの

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 保護者の方と色々とお話をする機会があるのですが、「エッ!、うちの子そんなこと考えていたのですか!」と、驚かれることがあります。それは、余りお子さんと話しをされていないからのようです。でも、子どもたちと話していると、何気なく漠然と将来の事を考えているようで、それは、まだまだ可愛い夢を持つ低学年から、現実的な問題として捉える中学生まで、彼らなりに考えているようです。

 

 それでも、夢や目標をしっかり持つ子は少なくなってきたように感じます。それは、世の中が余りにも刺激的すぎるからだと思います。情報化社会である現代社会は、多種多様な情報が乱れ飛び、コロナ禍と同様に、情報禍の中で振り回されています。それでは、しっかりした知識が身に付いているのかというと、どこか雑な知識が多く、それも表面的です。今の時代、子どもには、大人が注意して情報の精査をして上げなければならないでしょう。

 

 子どもに与える情報、幼児期であれば、スマホからではなく、絵本などの読み聞かせでしょう。何度も何度も同じ本を読んで上げて構いません。そのうち、全てを丸暗記しながら、お母さんやお父さんの読む物語とシンクロさせ、それが同じであることで喜びを感じます。すると、その先で、知り得た言葉や、情景を頭で思い浮かべ、想像の世界に入っていきます。子どもの持つ夢は、こうした経験から、それを元に空想し楽しむことから始まります。

 

 多くの物語、多くの書物との出会いは、更に子どもの想像の世界を広げてくれます。言葉による刺激から、見聞きした具体的な情景との遭遇は、子どもに感動という、心のアンテナを磨かせキャッチさせます。自分から読みたいと思う本に出会うと、今度は多くの知らない言葉に出会います。本を読むと言う行為は、思考と想像を高め、自分と照らし合わせるようになります。この主人公のようになりたい。いつか宇宙に行ってみたい。そんな漠然とした思いは、心に感動という、精神的な高まりがなければ味わうことはできません。

 

 こうして、あれこれ体験し考えていく内に、極々自然に夢と出会うことになります。本を読みながら、いつでも立ち止まれる思考は、その先を想像し、自分の思いと重ね合わせたりします。この想像はいつしか、自分の目標に変化することがあります。その日その日を、人(親や先生など)から指示や強制を受けての生活では、自分の立っている足下しか見えないようになります。どうぞ、幼児期から本を読む習慣をつけて上げて下さい。人から与えられた目標ではなく、自分自身の目標を見つけられるように。