久々のゴルフマガジンからの原文抜粋です。
今回は、後半部~前半部に戻ってアップしてみようと思います。
【アンチ派抵抗勢力】を混乱させる狙いというよりも、
「何故【後藤先生のスクエア打法】のブログで諸問題を提起しているのか?」
に回答する形になるかと思ったからです。
この原稿が掲載された頃は、当時の中島常幸プロが「頭を下げて」スランプを脱する為に我が師・後藤先生の所へ【最後の入門】をした1989年です。
「今は昔」の古い考え方なのか?
「今のプロはそんな打ち方じゃない」
のか?
それとも「現代のクラブに合わない」?
いや、当時のジャンボ尾崎選手にメタルウッドを勧めたのは
「他でもない後藤先生」なんですが、
そんな「先を見る目を持つ我が師」が、
クラブの進化や?打法の変化を無視して問題提起や苦言を呈する事は考えられませんが。
真説「ジャンボ尾崎」技術伝
第6章 長袖作戦 その3
左腕を短く使えばいいのか?
その上に私には今、一つの強い【怒り】の気持ちがある。
以前、ある理論家と対談しかけた折り、まず私は相手の持参した著書を斜め読みしてみたが、随所に【いいこと】が書いてあった。
だが実は、その【いいこと】のほとんどは、私の恩師(故・新田恭一氏)がいい出したことで(それを私が【広めた】)、しかも相手は、それに気づいていない様子だ。【どこかで読んだ】ことを【自分で研究してつかんだ】ように思い違いしているらしい。
しかも、対談の冒頭で相手は私の恩師が新田氏だと知ってか知らずか
「以前、新田恭一と対談してコテンパにやり込めてやった」といった。
「こんなバカにやり込められるほど、私の恩師は雑魚(ザコ)ではない。
あの人はエベレストのように偉大な理論家だった」
と私は激怒して席を蹴った。
ただし、私の恩師は相手があまりにもモノがわからないバカだと、
【あきれてモノもいえない】状態となって、ホントに黙ってしまうクセがあった。すると相手は「テキにモノもいえなくさせてやった」と勝ち誇る。
加えて私の恩師は大変な紳士だったので、
「せっかくの対談企画をフイにしてしまって悪かった」
と雑誌社の記者にワビを入れる。
「相手の方にも失礼したと、よろしくいって下さい」ともいう。
すると相手は
「新田恭一がワビを入れて来た」
などと肩書きにしようとするのだ。
偉大な先駆者の影響を身一杯に受けていて、それはない。
私が持つ必要のないペンを持ち続ける理由の一つは、恩師の復讐をどこかで果たす機会を狙っているからでもある。
しかし、そういう手合いの理論は、少し読んでみると必ずボロが見つかる。
例えば先述の「長いエビを使うか、短いエビを使うか」 の問題は、どっちか決めてかかるべきなのを理解できずに、ごちゃ混ぜにしてオイしい所だけ持って来ているのが見つかるのだ。
そういう手合いが実に多い。
みんな【デタラメ】と【いいこと】を
混ぜ合わせて商売しているのを、放っておいてやろうか。
いや、当編集部へ多くの読者から、次も私の原稿を待つ手紙が寄せられていると伝え聞いた。それを聞くと私は苦しい。
実をいうと私は昔、同じように恩師の書いた理論を誌上で読み、直接手紙を出したりした上で【拾われて】育てられたという体験を持つ。
そうである以上、昔の私に似た境遇の人の気持ちを無視した去ることもできないのだ。
(明日の【後編】に続きます)
iPhoneからの投稿




