「心・技・体」を重要視する事は勿論、
我が師・後藤修先生は、
「心なしに逆や体は作り得ない事」
「世界との差・日本人の課題」
について20年も前に執筆しています。
まさか?現代の日本ゴルフ界において
「世界との差」だけでなく、
「韓国との差」まで議論されるようになろうとは、当時は誰も?想像出来なかったと思います。
今回は「後藤修が斬る」(1993年刊)
からの原文抜粋です。
私は昔から【言葉】というものを最大限に大事にする習慣で、その習慣から生まれた自分の言葉の神通力(=カリスマ性)にも自信、実績、確信を持っており、その「ジャンボは(マスターズで)勝ってくれてもいい」の前には、私はしっかりと「今のジャンボのゴルフでは所詮世界戦には通用しない」とか「私は決して尾崎や中島から(世界戦での)置いてけぼりは食わない(その気迫がある)」と書いたこともしっかりと【生きて】いるというわけ。
しかし、それだと「私の念力で勝たせない」というふうにイコジ(=狭量)にも聞こえるので、まあ「(多分ダメだろうけど)勝ってくれても構わない」というニュアンスの言葉となったのだ。
そして「やっぱりダメ」(これは結果論ではなく「次もダメ」という意味)となってみると、いま私が改めて強く感じるのは、日本人が世界戦で通用しない理由は、いろいろと沢山あるが、その中の最大のものは次の問題だな…ということだ。
西洋人と日本人の最も異なる点は何か。
それは西洋人には(たとえクリスチャンではない者でも)常に「神」(への信仰・怖れなど)が存在し、日本人にはほとんどそれがない(わけ。にはある)ということだろう。
すなわち、西洋人はある人間がいくら(スポーツで)大選手になったり、事実、政治などで大人物になったとしても、本人には自分は神(主としてキリスト)の前では虫けらのように小さい一信徒(教徒)でしかないという意識が強く、逆に日本人は、ちょっと偉くなると(【賞金王】やら【社長】やらになると)自分が【ほとんど神様】のつもり、目下の者は虫けら扱いになってしまうことだ。
で、その西洋の[虫けら]と、日本人の[井の中の神様]とが【世界戦】のプレッシャーの中で戦うとどうなるか?
まあ、そこから先はいつもの結果どおりだし、その他各評論家がいろいろと結果論を言ったりするのも、これだけは「そのほとんどが[当たり]」だと言ってよい。
ただし、「だから日本人では(永久に) マスターズで勝てない」 ということはない。
まず言葉を重んじ、事実や現実性を重んじる私は、尾崎や中島で「マスターズ休戦」を考える時、ただやみくもに「マスターズで勝とう」とか「勝たせる」とか言わずに、「これとこれ、これだけの準備をすれば、君を(再び)必ずマスターズへ送り込める」というふうに言う。
ところが、私がそれを言う頃は、中島も尾崎も「マスターズ(出場)なんて(もう)夢のまた夢」みたいな情況のときだから【勝つ】も【出る】も、どっちも同じ(どの道ムリと本人が思い込んでいる頃)。
ところが(話は一度に跳んで)、あらゆる苦心を重ねて、尾崎や中島が「ほんとに」(もう一度)マスターズに出られるようにさせると、その直前頃、もしくは私の予定した24位(=翌年度のシード権獲得)よりずっといい【10位以内】の成績が出たあと頃になると、
「後藤クンみたいに準備、準備、準備とキビしいこと言ってたんじゃ、選手が準備アレルギーになっちゃうよ」(私の旧友医師)
「そうだ、そうだ。後藤さんがついてたんじゃ、勝てるもんも勝てなくなる」(応援団、取り巻き)
…という事になって、もっかマスターズ無敗(1回目は【準備】で24位以内なら上出来)の私、あらゆる者(本人も)が「もう終わった」と言っている大スランプ中の尾崎や中島を「私なら復活させる」とクビをかけて成就させた私が、次の年には行く前から排斥運動の的になってしまい、【10位以内】じゃ「勝てるものを勝たせなかった=戦争犯罪人」として【追い出し】を食ってしまうのだ。
当の御本人(選手)はどうなのか?
例えば中島。
皆からやみくもに「勝てた」とか「勝てる」と合唱されて、もう半分以上【神様の気分】になってる(偶然にも、彼が高級家具などを買う時の「あのイバリくさった態度は何だ」という評判が私の所へ伝わって来たりする)。
昔、少年時代の中島を、いまにON時代が来ると私が予言したら、「いや、アレはプロにさえなれない」と私に教えたプロ(解説者)がいた。
しかし、中島がプロどころかマスターズ選手になると、その解説者は【中島サンはマスターズで勝てる】などとくる。
ついてる私が「まだまだ準備不充分」と言うと、【神様のツモリ】の御当人が、もうムッとしてしまっている。
「そんな夢が実現したら必ず一緒に(マスターズへ行って)戦いましょう」とかつて誓った者が、あらゆる知恵を絞って、私を辞めさす理由はみつからぬか…と探したりする。
悲しきかな、日本人(たち)。
昔の言葉を守ることが大業への道だという文化水準(知能水準)もないひ、言葉(誓い)を破ったら罰を受ける…という宗教心もない。
その上に、【周り】が必ず本人(選手)をツブしてしまうのだ。
http://www.h3.dion.ne.jp/~gotojuku/talk127.htm
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