ナンバー 357 松戸市立博物館 (昭和 編)追記あり | 堀切光男のエッセイ畑

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主にエッセイ。

21世紀の森と広場 内にある「松戸市立博物館」は石器時代 、縄文の昔から 江戸時代を経て

 

昭和まで、とても面白く 楽しい 博物館でした。(入館料 3百円)

 

昭和 初期、赤土で作った 釜土。うちわ 火吹き竹でマキの火を熾す。

 

羽釜 と かまど 右は 野外用

 

おひつ

下  、後ろに白黒テレビが有るので昭和40年前後か?

 

機織り機

床の間

 

あまてらす おおみかみと書かれている。

炭火を使ったアイロン。

 

がんどう。昔のサーチライト、信じられないかも知れませんが元々は

盗人を召し取る為の「目くらまし」や屋根上を照らした。

「強盗提灯」から「がんどう」になったと言う説が有ります。

 

アルコールランプ と小田原提灯(蛇腹になっている)

童謡「 お猿のかごや」に 小田原提灯 ぶら下げて・・・・の歌詞。

 

一人用の蚊帳。大体、このような緑色をしていた。

蚊が嫌う色なのか?  他に意味があるのかは判らない。

中に入る時は 蚊が 止まっているので、パタパタとはたいてから入った。

 

「かいまき」 寒い地方では布団の上にかければ肩の辺りが暖かい。

 

古い映画では、そのままドテラの様にはおっている。

 

奥から 湯たんぽ(朝 このお湯で顔を洗った) 瀬戸のあんか、

炭火の炬燵。

うちの 田舎では就寝時、この上に布団をかけてあんかの代わりにした。

 

ラジオは電気の真空管式、蓄音機はゼンマイ式。

 

肥桶。  後ろの天秤棒で担ぐ。 「 天秤にかける」という言葉もある

 

天秤とは、はかりの事。 

 

左から脱穀機、  用水路に沈め田に水を汲み上げる 水車、 水田の雑草を取るモノ。

 

近代へ

スズキの50cc バイク、 ガソリンタンク以外はほとんど現行車と変わらない

 

 

30年から40年代始めの団地。 5階建ての団地、二階の室の設定。

玄関を入ると 上に。

ブレーカーとヒューズ。 昔はヒューズが良く切れたので

自分で 瀬戸のヒューズボックスを開け針金を替えたものだ。

余り 太い針金をつけると 今度はブレーカーが落ちて 真っ暗に。

 

こちらのドアは開いている。向かいに見える室のドアノブはいかにも

きしゃで頼りない。鍵穴も一つだし・・・。

覗き穴は 刑務所を思わせる(監獄の中からは外が見えず看守は外から蓋を開けて

監獄の中を確認)この真逆の設置だ。

現代は 丸い広角レンズの覗き穴には室内側に蓋がある。

最新はチャイムを押せば中から 動画が観られ録画もされる。

下駄箱 下駄が入っていなければ 靴箱?

 

トイレは水洗だ

奥に見えるパイプは5階から1階まで続く排水パイプ。

かなり大きい音がするので深夜にトイレの水を流すのはタブーとされた。

 

ガスのお風呂は ひの木製、煙突の辺りの蓋を取れば

湯上りにかける かけ湯が入っている。

 

ベランダに置いてあった 洗濯機

 

冷蔵庫 右にあるのは 水屋箪笥の小さいモノ、虫よけの網戸がついている。

 

一番上が冷凍庫、直ぐに霜が着いたモノだ。

当時の「三種の神器」は洗濯機、冷蔵庫、白黒テレビ。

(ちなみに 次に来たのが 3Cと言われ カー(車)、 クーラー、カラーテレビ)

上  ガス台は 2つ。 温水は出ないようだ。

下  東芝の電気炊飯器、最近まで見かけた 今でも使っている家もあるんじゃないかなあ。

 

ミキサーもある。団地住まいの割には電化製品が一杯だ。

当時は都内での団地暮らしがブームで最新の電化製品を揃えるのがステータスだった。

 

 

 

懐かしい「丹頂 チック」 中学生の頃親父のこのチック(ポマード)を

こっそり 使っていたっけ。

 

 

ミシン 掃除機  アラジンストーブが映っている 三面鏡。

部屋は六畳と四畳半の二部屋で左の押し入れから布団を出して

寝たのだろうが、かなり狭い。

赤ちゃんが一人の リッチな若夫婦が住んでいるようだ。

 

リビングには ステレオ と白黒テレビ 懐かしいコマーシャルが映っていた。

左窓の外はベランダ、左に洗濯機 右には納戸があったが全体に

収納場所が少ない。

子供が二人になったら引っ越しを考えて。

 

(これより追記  同年 3月12日)

 

 

2019、3、12の読売新聞夕刊の記事です。

松戸市立博物館が紹介されています。

よく新聞の記事等を読み 行ってみたりするのだが今回は小生の方が早かった。

しかし本職の取材力は流石です。

この再現された団地は松戸市の常磐平団地で、昭和35年当時の忠実な再現だったのですね。

 

当時「団地族」と呼ばれ憧れの的だったとか、間取りは2DKですがダイニングキッチンは最先端だったそうです。

小生の記事で 狭いと書いてしまいましたが団地には現在も約 7200人が生活しているそうで、

大変 失礼な発言をしてしまい、心よりお詫び致します。

 

見学した時、一階の階段脇に五十センチ四方の扉が有り、それがダストシューターだと知りビックリしました。

上の階から袋に入れたゴミ袋を投げ入れると一階のこの場所に集められる。

昭和35年当時にこんな設備があったのかと本当に驚きました。