六月二十九日 この日 関東甲信越地方の梅雨が開けた。
これからが梅雨本番と思っていたので、気持ちも体も肩透かし。
しかしそんな事 お構いなしに 熱い日が押し寄せるが、それに対応するには、ここ数日の寝不足が辛い。
その原因はサッカーW 杯の日本戦。
三戦目で とうとう朝まで一睡もできない事態とあいなった。
上 二十八日の日本対ポーランド戦。
日付が変わって 後半残り10分から 、急きょ テレビを2画面にしてからは、
左の日本戦より右のコロンビア対セネガル戦にくぎ付けとなった。
ポーランドが日本に先制したのを知ったコロンビアが〇ー〇から猛アタック。
日本が負けると コロンビアの 一位突破の可能性が出てきたからだ。
結果、引き分けを狙っていたセネガルから1点をもぎ取る。
セネガルと日本は勝敗,得失点で並ぶ事に。
しかし、それを知った 日本が セネガルよりフエアプレーポイントで2ポイント上回る事を踏まえ
残り10分で このまま 1-0 の負けを選択したのだ。
10分以上のパス回しに大ブーイングが起きるがポーランドも利害が一致して、無理な攻撃は無かった。
あわてたセネガルはコロンビアに猛反撃。
この時点でセネガルがゴールすれば日本は敗退だったので、
本当に大ばくちの戦い。
上と下 左の日本は戦い終わって右のセネガル戦の結果待ち。
下 そのまま コロンビア勝利で 日本も16強 確定
熱い 長い闘いだった。
しかし 引き分けも 勝ちも捨てリスクを避けての 負けを選択したサムライ日本に世界中から大ブーイングが起きる。
しかし、ドーハの悲劇と何年も 言われ続ける日本サッカー。
当時に逃げ切ると言う考えがあったら あの 悲劇はなかっただろう。
世界的に見てもまだまだの日本サッカー、サッカー史上初の負けを選択して批判されても
上に行く為には 仕方がなかったのではないだろうか?
もともと 引き分け以上で グループ突破出来る この対ポーランド戦に西野監督は
六人の入れ替えで臨んだ。
(せいぜい 三人ぐらいと思っていたので 驚いたが)
監督は「レギュラー陣に疲れが見えたから」と言うが 16強入りした後の戦いの為に
レギュラーを 温存したに 違いない。
とすれば、薄氷を踏む思いだったが 目的は 見事達せられた 訳だ。
「サムライ」らしくない戦いだった との声もあるが、 サムライは戦いの場で
いさぎよくも 正々堂々でもないですよ。
蝶報活動や寝返りを画策し水攻め や兵糧攻め 勝つためには何でも有りで、
歩が悪いと見るや「ひけー ひけー」と 退散するが それもこれも勝利を第一と するから。
西野監督は 策師 で勝負師で 智将であった・・・・・、
と 思いたい。
7月3日 本日早朝の サッカー 、日本対ベルギー戦。
後半 日本が 2点 先取するも 逆転され、2-3 で敗れた。
くやしいが ずーと格上のベルギーにほぼ、互角の戦いが出来た事を 良しと しよう・・・・・、
と 思いたい。
7月15日 三位決定戦で ベルギーがイングランドを破り 三位に。
やはりベルギーは強かった。
そのベルギーと良いゲームをした 日本もそこそこ 強い・・・・・。
と思いたい。
7月16日 いよいよ優勝決定戦。
大方の予想通り フランスがウルグアイを 4-2で破り 優勝した。
さて、4年後の W 杯。
今大会 おじさんザムライ日本代表と揶揄されたが、新旧交代が進み
4年後には 攻守とも強い若ザムライ日本代表が 集結する・・・・・。
と思いたい。






