ナンバー 273 俳句と 写真のコラボ 2(竹寺 茅の輪) | 堀切光男のエッセイ畑

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主にエッセイ。

小生 なりの解釈は 間違っている可能性も有ります。

ただ、映画と同じで人、其々のとらえ方があっても良いのでは・・・・。

 

説明がない写真はこの後  俳句が書き足されます。

どんな俳句が来るのか 推理してみて下さい。

上 満開の 桜

 

「さまざまの こと思ひ出す  桜かな」      (芭蕉)

 

( 入学式には満開の桜、  卒業式でははらはらと散っていた思い出が蘇る

あの年の 桜の頃には あんな事 こんな事があったっけ)

 

上  下 綺麗な竹林

 

「おのが葉に 月おぼろなり 竹の春」     (蕪村)

下は埼玉は飯能市にある竹寺の「ちのわ」

 

上 

竹寺は本尊は牛頭天王で東日本では唯一、神仏習合が守られているお寺です。

だから お寺でありながら 神社で見られる「茅の輪」があります。

また、奥武蔵俳句寺として知られ境内には俳人の句碑が多く残されています。

 

なお 、竹の器に盛られた筍等の精進料理が楽しめますが要予約のようです。

「子の権現から 竹寺へのハイキングコースはお勧めです」

 

上  十六夜(いざよい)の月  (十五夜の次)

 

「十六夜は わずかに 闇の初めかな」    (芭蕉)

 

(少し 欠けた分 少し暗くなった)

 

上  鶏(にわとり)

鶏のトサカに似ているので 鶏頭(けいとう)と呼ぶ花が有ります(秋の期語)

 

「鶏頭  十四、五本もありぬべし」   (正岡子規)

 

(子規が病床から庭先の鶏頭の花を見て詠んだと言われています。

単に 鶏頭がそれぐらい あるのではないか  という句です。

この句が 良い句か そうでないのか未だに議論されているそうです。

良いのか 悪いのか  我ら素人にはさっぱり わかりません」

 

「鶏頭 の黒さにそそぐ時雨かな」   (正岡子規)

(期語が2つ重なりますが、 時雨のほうが 優先されるそうです。

花が枯れて黒くなった鶏頭に 冷たい時雨が 降り注ぎます)

 

 

上 赤いポスト

「秋晴れの  道が分かれるポストが赤い」  (山頭火)

(分かれ道に赤いポスト   「あのポストを右に曲がって・・・・」

良い 目印になる)

(余計な 話だけど 初期のポストは 赤くなかったそうです。

木製の白く塗られたポストには 郵便箱と書かれていた。

初めて見た人には何の事やら解らない「便」の字を小便の「便」と

読んだ彼は「立ち小便用の箱」と思い小便を投函窓から放尿した。

それ以来 箱は赤く塗られ 間違いは起らなかったそうです)

 

上  奥武蔵から  遠くに見える 富士山

 

「てんぼうの 一舟一鳶  五月富士」   (富安 風生)

「見つつ 行け 旅に病むとも 秋の不二」   (夏目漱石)

 

(一舟 一鳶   は、ひとふね ひととび と読みます

春であろうと 秋であろうと 病身であろうと無かろうと 富士山だけは 観て通れ)

 

 

 

上  2枚  深い 山道

 

「わけいっても   わけいっても 青い山」    (山頭火)

 

(その まんま)

 

上  道の駅(現在の茶屋)に作られた燕の巣 糞除け対策がしてある。

 

「盃に 泥な落としそ 群燕」   (芭蕉)

 

(昔は 村はずれの 茶屋辺りで 芭蕉もゆっくりお酒を飲んだ時もあったのでしょう。

のんびりくつろいでいるのに 頭上では巣作りで 忙しく燕が行きかう。

おいおいっ、俺の盃に泥ば 落としなさんなよ)

 

 

上 下   清澄庭園

園内にある 芭蕉庵に関する掲示板

 

上  「 ふるいけや 蛙 飛び込む 水の音」を詠んだ 池が芭蕉庵にあり、

同じ池で詠んだのが下の

 

「名月や 池を めぐりて 夜もすがら」   (芭蕉)  です。

 

(手近なところで 名句を連発 さすがです)

 

上  立ち枯れた木に沢山の キツツキの穴が開いている

 

「啄木鳥も  庵は 破らず 夏木立」  (芭蕉)

 

上  蝸牛 (かたつむり)

 

「かたつぶり 角 ふりわけよ須磨明石」   (芭蕉)

 

( 源氏物語には 兵庫県の須磨と明石は這ってでも渡れる程に

近い距離だと書いてあるそうな。

それほど 近いのなら お前の角で片一方の 志摩  もう一つの角で明石を

指してみよ)

上  自作の卓上囲炉裏 、炭火で鮎をじっくり こんがり焼く。

 

上  若鮎

「鮎の子の 白魚送る 別れ哉」  (芭蕉)

(奥の細道の第一作となるはずの句でした。早春に川を上る白魚、

遅れて追いかける様に 遡上する鮎。

芭蕉を白魚、千住まで見送りに来た弟子たちを 鮎に見立てた句。

千住に着くまでに読まれた筈なのだが、奥の細道の 句集から外されたそうだ)

 

上  秋のお花畑

 

「草 いろいろ  おのおの花の 手柄かな」   (芭蕉)

( 五十里 湖 上流の河原 良くキャンプに行きました)

 

上  蕣とも書きます。

 

「朝顔や あしたは いくつ開くやら」    (正岡子規)

 

上 下  山中に 見かけた  道祖神 や羅観像

「立ち寄れば 木の下 涼し 道祖神」     〈正岡子規)

 

上 湯西川温泉の 露天風呂(五十年前)

 

「たそがれの  宿の窓辺で 君に書く 湯の香 匂いし ハガキかな」

 

(恥ずかしながら 小生 十六歳の時に詠んだ 短歌

当時は石川啄木などがすきでした)

 

上 彼岸花ともいう 曼殊沙華

 

「ひよっと葉は 牛が喰ふたか  曼殊沙華」   (正岡子規)

 

(葉の 有る頃には 花は無く  花がある頃には葉は無いので

別名  「葉見ず 花見ず」と呼ぶ地方も。

根には毒が有る為 昔は モグラやネズミ除けに土葬の墓地に植えられた。

ゆえに死人花とか 地獄花とも 言われるようです)

 

またまた 長く なりました。

続きは ナンバー 274 俳句と写真のコラボ 3 で。

 

下に残ってしまった  写真はいずれ 使います