ナンバー 181 オラが村のあれこれその9(山火事の話) | 堀切光男のエッセイ畑

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主にエッセイ。

A が、山火事があった場所。B が それを目撃していた場所。

 

 

今から五十年以上前の昭和三十七年頃にオラが村の直ぐ近くで山火事が有りました。

A の小高い山の山頂付近が燃えました。

火が出たのは乾燥した冬のお昼頃,山頂の峠付近から出火した事から

峠で一服した人のタバコの不始末が原因と言われました。

地図で見ると白い林道が開通していますが、当時はただの山道でした。

B がオラが村の真ん中にある丘ですが、山火事の現場からは二キロ程の近さです。

出火から六時間後夜に入ると火の粉が飛んで来るのが解ります。

近くにあった三軒の家は夜を徹して杉皮ぶきの屋根に水をかけています。

 

同級生の一人が家にあった 海軍で使われたものという、

でっかい双眼鏡を持ってきた。

さすが、海軍さん良いレンズを使っていたのでしょう、夜でも思ったより結構見えるのです。

覗くと山の上の方から火で真っ赤に焼かれた石がはじけ飛んで、斜面を転がり落ちて来ます。

その石が引っかかって止まった所から又、火の手が上がります。

先ず、下草が燃え上がり杉やヒノキに燃え移ります。

ヒノキ等は名のとうり 「火の木」で油が多いのかあっという間に木が燃え落ちます。

その時の火花が竜巻状になった風に乗って飛んで来るので近くで火が燃え上がらないかと

怖さと野次馬がいりまじり 興奮状態となります。

下 オラが村の「山手」と書かれた辺りから  A の山火事を見ていた。

 

当時 山火事は結構おこりました。

やはり乾燥した冬に多いのですが、昭和三十九年にも少し離れた山で大きな山火事が

有りました。

この時は四,五日も燃え続け大きく報道されました。

C の三角点という山に登ってみると,地図左上方向二十キロ程遠くに煙が上がり

ヘリコプターが三機飛んでいるのが見えました。

それらを 眼下に一望出来るのですから 一大 スぺクタルでした。

 

山火事の出火原因のその1はタバコの火の不始末。

当時田舎の年配者はキザミタバコをキセルで吸う人が多く,山で 一服 いや五服も

吸っている内に,キセルの吸殻をポンと下に落としていたのが、まれに コロコロと

転がり草の陰などに入り込んだりします。

その火が三十分も後で落ち葉等に燃え移り出火原因となる事もあったようです。

キザミタバコと言えば知り合いのおじさんは椿の葉っぱを少し乾燥させキザミを

その葉に巻き込んで巻タバコにして吸っていました。

巻きタバコと言えば戦後タバコが不足し,高価になった時キザミを紙に巻いて

吸ったそうですが、その紙は アメリカ製の辞書の紙が一番旨いと言われたそうです。

 

出火原因のその二は隣の木や枝同士が強風でこすれ合い 摩擦熱から出火します。

山を歩いているとこうした木を見かけます。

長い間 こすれ合っていたのでしょう、触れ合った所はツルツルになりお互いが擦り減って

います。乾燥した日が続き強風が吹くとやがて、此処から出火してしまう訳です。

 

出火原因のその三。 山の中に 大きな樹が真っ黒に焼けながら立っているのを

時々見かけます。 中には樹の中だけ焼けている樹も有ります。

これらは皆 落雷により 焼けたものです。

幸いにも余りに雨の勢いが強かったのでしょう、延焼は避けられたようです。

 

他には畑の野焼きの火が山に燃え移った事や田んぼの真ん中でもみ殻を

燃していて 夜中に風が強く吹き火の粉が山にまで飛んで燃え広がったという事も

有りました。

 

小学校の六年の時、学校の裏山の向こうから山火事の煙がもうもうと立ち上りました。

山火事を見に行こうと 田中君と 二人で昼休みに山道を登って行くと、

消火作業を終え帰ってくる村人たちに見つかりこっぴどく叱られました。

子供が山火事に近づくなど もってのほかでした。

 

消火作業と言っても山火事の場合、水を運んで行く事は出来ないので、火を食い止める

防火帯を作ります。

燃えている山の 下方に五メートル幅で樹を切り倒し長い防火帯を作ると

そこより上に向かって逆に火をつけて行きます。

前もって焼き払い上から火事の火が迫ってきても、もう燃える物は残っていないと言う訳です。

こうして火をくい止めると 倒れてくすぶっている樹などに土をかけて消します。

といっても 山火事は強風を呼びます,火の粉が飛んで向かいの山に燃え移ったという事も

有ったそうで、雨が降るまでお手上げという事も少なくなかったそうです。

 

昔見た外国映画で防火帯を造り終えた山岳消防隊はスコップで自分が入る穴を

掘ります。 横に寝転ぶ穴ですから深さは五十センチ長さで百八十センチ程。

この穴に寝転ぶと上から土をかけて 頭上を山火事の炎が通り過ぎるのを

目と鼻だけを出してじっと待っている・・・・というシーンが思い出されます。

 

オーストラリアでは乾燥と高温の熱風から良く自然発火して山火事になります。

良くしたもので、この火災により 種がはじけ飛んで繁殖を繰り返す植物もあるらしい。

日本の場合はどうだろう。

先に書いた近くの焼け跡に三年後改めて行って見た。

土は赤く焼かれていますが、雑草が少しづつ伸びて来ており、三メートル間隔程に

杉の苗木が植樹されたばかりでした。

もっと昔は狭い間隔に植えられ後に育ちの悪い木を間伐材として切り出していましたが、

この先の人手不足を見越してか、伐採の手間がかからない様に植樹している様です。

 

この時、あと半月もしたら、中学を卒業して東京に就職する事が決まっていた 私は

この焼け跡の尾根筋に「宝箱」を隠しました。

センベイのブリキ缶に入れて埋めたのは「タイム カプセル」という言葉を知らなかったので

宝箱 です。

二十年後に掘り出す機会が有ったのですが、いや まだまだと思い先に伸ばした結果

五十年が過ぎた現在、故郷に帰って掘り出す機会も無い様に思います。

大き目の石の下に埋めた宝箱はこのまま未来に行って貰いましょう。

それとも誰かがひょんな事から発見するかも知れません。

中を覗いたその人は大笑いする事でしょう。

中には手渡す事が出来なかった 初恋の人にあてた私の ラブレターが入っていたからです。