私が生まれた村 山手
山手 村のメインストリート
下 五十年前の同じアングルでの写真
山は少しも変わってはいませんでした
五十年前の小生は、若かった。
1) 山手 という村 ここに私が生まれ育った 家が有りました。
もう二十年以上誰も住んでいないので、凄い荒れようです。
やはり思い出が沢山詰まった家が朽ち果てて行くのは 寂しいもの ですね。
2) 滝の拝 景勝地です。 ここに卒業した 小川中学校が あった。
廃校となり、現代は 道の駅となっています。
3) 県道43号線の 標高500メートルにある 峠。ここに県道 建設の記念碑がある。
4) 色川 (いろかわ)
5) 那智の滝
6) クジラの町 太地町
7) 古座町
8) 串本町 この地で明石家さんまさんが 生まれ 9歳で 奈良市に引っ越すまで 育った
究極 B 型和歌山県人を 排出した 土地です。 ちなみに私も B 型です。
9) 潮岬 この沖で1890年に トルコの船が難破し、多くの乗組員を地元民が救助した
史実を 映画化したのが「海難 1890」です。
串本に オープンセットが造られ ロケが行われました。
10) 一枚岩
上 一枚岩
下 古座川町の観光マップ

上 滝の拝 の滝
水面から 10メートル」上に 両岸の岩と岩の間隔が二メートル程の所が有り、
これを飛び越えるのが、僕たちの度胸だめしでした。
しかし, もっとすごい 中学生の女子がその上の橋から川まで、
二十メートルの飛び込みをした記録は 未だに破られていないようです。
この落差 8メートルの滝の周りには大小沢山の穴が、広い岩畳のあちこちに見られます。
此の穴は「ポット ホール」といいます。
川の増水時に岩の窪みにはまった石が、水流の力でグルグル回り岩を削って行きました。
こうして何十万年も経て出来た一番大きな 穴は直径 1、5メートル 深さは1、6 メートルも有ります。
穴の底には一抱え程もある丸い石が転がっています。
この石がこの穴を作ったのです。
石は、重くてとても外に出す事は出来ませんでした。
また、何万年も経てば穴は もっと深くなっているかも 知れません。
上 那智連山を望む
上 県道 43号線を走る。
滝の拝を過ぎ 道幅 1、7メートルの所もある 狭い山道の
県道43号線 をどんどん 上って行き 那智勝浦町に出ると最初に入る村が 「色川 」です。
石垣を積み上げた段々畑がずっと上の方まで続きます。
その殆どが茶畑です。
私の村でもそうだったのですが、水の便の悪い畑はサツマイモ等を植えていたのですが、
獣害に加えて高齢化による 人手不足で 手間のかからない茶畑が増えて行った様です。
里山に少し入ると 目につくのは野生化した お茶の木です。
宇治茶などの銘茶の向こうを張って、最近は 野趣み溢れる この野生の茶葉が隠れたブームだとか。
最近みたテレビ番組は色川の山仕事を紹介していました。
山に入った村の人達、お昼時になると たき火をします。
実際、田舎の人は川でも山でも良くたき火をします。
山火事も何度か見ましたが、その原因はよそ者の登山者のタバコの火の不始末、
風による木と木の摩擦による出火等で、地元の人は火の後始末はしっかりします。
山火事の怖さを良く知っているからです。
さて、焚火の火が落ち着くと 沢水を大きなヤカンで沸かします。
近くに自生していたお茶の木を枝ごと切り取ると、焚火の火で炙ります。
みずみずしい、生木ですから燃える事は有りません。
少し、しんなりした所で枝ごと ヤカンのお湯の中に突っ込み、お茶を煎れるのです。
これは 凄い。 田舎育ちの私でも初めて聞く 話でした。





