芝 増上寺
広重の絵にも描かれている。 この頃は東京タワーはもちろん無かった。
芝増上寺
徳川家の菩提寺なので、裏に回ると徳川歴代の人たちの墓がある。
下 徳川家のお墓 右は「お江様」のお墓です。
右は水子地頭なのでしょうか、風ぐるまが悲しげに回ります。
下 この辺りの古地図
下 徳川家御霊廟
下 釣鐘と大門
上 芝東照宮
下 上野東照宮 徳川家康公、 吉宗公、 慶喜公が祠られています。
ボタン祭りが有名で、冬と春に行われています。
下 右見事な牡丹。
上 この時は工事中でした。大きなパネルの写真でおおわれています。
この年は他にも浅草寺などあちこちで改修されているのを見かけました。
幾年毎に行われるのでしょうが、同じ年に多いのは縁起の良い年を選んで
いるのか、建てた年が同じだったのか、ただの偶然なのか?
翌年には工事も終わり綺麗に。
下 不忍池の寛永寺
下 愛宕神社の男坂
急こう配の男坂 「曲垣平九郎の故事」
寛永11年、家光公が菩提寺の芝増上寺からの帰り道(一キロ程の近さです)
この愛宕神社の石段の下を通りました。
見上げれば上の境内には梅の花が満開。それを見た家光公は
「誰か 馬にて石段を登り、あの梅を取ってまいれ」と命じます。
しかし 石段は急こう配。
下手をすれば 上から落ちて来て 死亡する事も十分考えられます。
皆、黙って下を向いていたところ、一人の若武者が馬をあやつり石段を登り始めました。
そして、見事に坂を登り切り梅の一枝を手折ると家光公に献上しました。
「この 太平の世に馬術の稽古怠り無き事 まことにあっぱれである」と
お褒めの言葉を賜り、見る見る出世していった。
という故事からこの男坂は別名「出世 坂」とも言われています。
実際 上から覗くと足がすくむ程の急こう配です。
「下 亀戸天神
下 右亀が沢山いる 池
上 中、浮世絵にも描かれている太鼓橋
下 この太鼓橋は古くから有った
下 湯島天神 絵馬を奉納した。
下 靖国神社 小生の 長兄も祀られている。
桜祭りが開かれていた。
桜祭り中は道行く人にお茶が振るまわれていた。右下
上 この後、お堀端を歩いて武道館に行った。


















