ナンバー40 木化け (ラジオ 放送されました) | 堀切光男のエッセイ畑

堀切光男のエッセイ畑

主にエッセイ。

時田富士夫さんの色紙。

この作品がラジオ放送された記念に頂きました。









「 木化け 」 二千年 十月 (時田富士夫 のぬくもり物語り)


文化放送系列で 全国放送されました


(このエッセイの原稿が 紛失していて、当時のラジオ放送から 録音していたのを再生


しながら 文章を起こしたのですが、時田富士夫さん(日本 昔ばなし)でお馴染の


あの、 ゆったりした 語りを 文章で表現するのはとても無理だと悟りました。


せめて 時田さんのあの 口調を思い出しながら、ゆっくり読んで下さい。)





つきぬけるような 蒼い空に、沢山の赤とんぼが舞っている。


気持ちのいい秋風が 吹き抜けて行く 川ベリで 、僕は一人 釣り糸を垂れていた。


( ピー ヒョロロ ) {注 トンビの声} 二回。


釣りを始めて 三時間も経っただろうか、 そろそろお母さんが作ってくれた


オニギリを 食べようかと考えていた所へ 突然、声をかけられた。


「どうじゃなあ、 釣れたかなあ」


振り返ると 真っ白な髭を はやして麦わら帽子をかぶった、やさしそうな


おじいさんが、釣り竿を手にして立っている。


「まだ 一匹も 釣れないんだ。 おじいさんは?」


「ワシか? 今日はそう、 ヤマメを五匹ほど 釣りあげたかのう」


「えっ、ヤマメを 五匹も? すごいなあ、 餌は何? なにか コツがあるの?」


僕が質問をすると おじいさんはアゴヒゲをいじりながら、ゆっくりと口を開いた。


「コツ?ねえ、 うーん。 昨日の雨で川の水が少し 濁っているじゃろう?


こんな日は川虫よりもミミズを餌にした方が よく釣れるようじゃなあ」


「そんなことは、解っているよ。濁った水で見通しが悪いから、匂いの強い


ミミズで 誘うんでしょ? 僕もそう思ってミミズを使っているけど


全然、 釣れないんだ。 ねえ、おじいさん、他に何かコツがあるんだろ?ねえ 」


おじいさんは、しばらく川面に目をやると、こちらに向き直って こう言った。


「そうさなあ、 じゃあ 後は( 木化け ) でもしてみたら どうかな?」


( 木化け )始めて聞く言葉だった。


つづく


「おじいさん、 木化けってなあに?」


「木化けというのはな・・・・・、おやっ、お前さんは美味しそうな物を持ってるねえ。


ワシにも一つくれんかねえ」


質問に 答える変わりに おじいさんは、竹の包みにくるんでる僕のおにぎりに


目をつけた。


「これはお母ちゃんが作ってくれたおにぎりだけど、欲しければ一つあげるよ。


その変わり木化けの事、おしえてよ」


「おしえるとも、 おしえるとも」


おじいさんは、僕の差し出したおにぎり を さも美味しそうに食べた。


「ああー、こりゃあ旨いにぎりめしだ。力がつくわい。


さーて、 木化けと言うのはなあ、その名の通り木に化けて、釣りをする事じゃ。


と言って木のかっこうをするんじゃない。


要は木になったつもりで、釣りをするんじゃよ」


「なあんだ、そんなのかんたんじゃあないか。今からだって出来るよ。


ほら、 僕は木だ。 僕は 木だ」


「わっはっはっは。 そんなに かんたんには、いかんもんじゃて。


ワシだって、これが出来るまでには三十年もかかったんじゃ。


どれえ、お前さんは今 木になろう、木になろうと 考えておるじゃろう?


それではダメじゃ。 何も考えず無心になること。


ホンモノの木のように 風にゆられる心持ちでな。 さて、出来るかなあ」


「わかったよ、考えちゃ いけないんだね。 よーし、がんばるぞ。


けど、何も考えないって、難しいなあ。


うーん、 考えない。 考えない。けど カラッポにはなんないよ。 うーん」


( トンビの声。 ピーヒョロロ)


つづく


それから、どれだけの時間が経ったのだろう。 気が付くと 辺りは


シーンとして風の音さえ、消えたような気がした。


いつの間にか おじいさんの姿が消えている。


周りを見回すと、はるか遠く山道を登って行く おじいさんの姿が見えた。


「あれえ、いつの間に帰っちゃたんだろう。


そうだ、おじいさんにお礼を言わなくっちゃ」


あわてて 釣竿を握ったまま 立ち上がろうとした時、釣り竿が


ググーとしなった。


「あっ、かかってるっ」


とっさに、竿を立てると、


見たこともないような大きな 魚が水面に顔を出してあばれている。


僕は力いっぱい竿をひく。魚との力くらべが十分間も 続いただろうか、


ようやく力つきた 魚を取り込む事が出来た。


こうして僕は 三十五センチもあろうかと言う、立派なヤマメを


生まれて始めて 釣り上げる事ができた。


「おじいさーん、 やったよー」


振り向くと、おじいさんの姿は もうどこにも無かった。


どこからか トンビの 鳴く声がのんびりと 聞こえてきた。



( ピーヒョロロー、 ピーヒョロロー)