去年の彼女の誕生日にはタロットカードを添えたメールを送りました。

お誕生日おめでとうございます。

2014 年のあなたのイヤーカードは、
Ⅷ 力(Strength)」です。

タロットカード: Ⅷ 力

あなたは獅子を手名づける嫋やかな乙女。

獅子は厳しい社会を虚勢を張って生き抜いている人々。

彼らはあなたのもとで癒しを得るでしょう。

それが彼女への最後の贈り物となりました。

その時はすでに疎遠になっていたので、それから一年間、彼女がどのように過ごしていたか私はほとんど知らないのですが、彼女の人生の最後の姿はまさにカードに描かれたままであったと信じています。

今年は DVD にメッセージや映像を焼いて郵送でもしようかと準備をしていたのですが、それも無駄になってしまいました。

彼女と私は誕生日が近く、遠距離の付き合いだったので、この時期はできるだけ一緒に過ごして誕生日を祝い合っていました。

彼女は私より 10 歳年上でした。出会ったころは私は 20 代で彼女は 30 代。今の私は 40 代で彼女は 50 代です。お互いにすっかり年を取りました。

私の方が先に誕生日を迎えて 9 歳差になっても、すぐに彼女も一つ年を取って 10 歳差に戻ります。私たちの年齢の差はいつまでも埋まることはありませんでしたが、それが当たり前だと思っていたし、共に年齢を重ねてゆくことは喜びでもありました。疎遠になってもその事実は変わらず、永遠にそれが続くと信じていました。

でも、今年からは違うということに初めて気づきました。今年はいつまでたっても 9 歳差のままです。来年になれば 8 歳差、再来年は 7 歳差……毎年 1 歳ずつ年の差が埋まってゆくのです。そんなことはありえないことでしたが、現実にそれは起きています。

永遠に届かなかったはずの彼女の時間へ、今は少しずつ近づいていける。そんなことは今まで考えもしませんでした。不思議な気持ちです。

10 年後にはついに彼女に追いついてしまいます。

彼女の生きた 10 年間を、私はどんな思いで過ごすことになるのだろう?

そして、10 年後に私は、彼女が迎えることができなかった 53 歳の誕生日を迎えることができるのだろうか? その先の未来はあるのだろうか?

彼女のいないこの世界でどう生きればいいのか……不安と混乱でいっぱいになっています。

彼女とはとても相性はいいと感じてはいたけれど、価値観や歩調は少しずつずれていて決して同じではありませんでした。

10歳も年が離れていたし、育った環境も違います。違っていて当然です。

一緒に歩いていても歩調や歩幅は違います。

それでも私たちはいつでも手をつないで肩を並べて歩きました。

相手がゆっくり歩くなら自分もほんのちょっとゆっくり歩く。

相手がはやく歩くなら自分もほんのちょっとはやく歩く。

そうやってお互いに少しずつ相手に合わせながら歩くことにこの上ない幸せを感じていました。

違うからこそ、お互いを思いやりながら歩くことができるのです。

同じではないから、愛し合えるのです。

タロット占いの実例の紹介です。

彼女の気持ちの変化 - Tarot FILES #103

リンク先のページ内に表示したプレビューには文章が縦書きで表示されていますが、実際の占い結果もほぼこのままで、縦書きで読めるPDF文書をメールに添付して送信しています。文書内には高画質なタロットカードの画像も表示されます。

メール占いは私がインターネット上でサイトを開設した1997年当初から始めているので十数年の経歴があることになりますが、いろいろ試行錯誤してきた結果、最終的にたどり着いたのがこの形です。

実用性重視で単なる情報としての占い結果が分かればよいというだけなら生身の人間が占う意味はないと思います。その程度の占いならコンピューター占いやデータをコピーするだけの自動送信メールの占いで十分でしょう。

やはり人間が占うからには単なる情報以上のものがそこに込められているべきだと思います。

私は、日本語で紡ぎだされる言葉の一つ一つに占い師としての魂を込めているつもりです。その言葉の魂、精神を読み手の こころ にしっかりと響かせるには縦書きの文章の方が適していると思います。いや、むしろ選択の余地はないとすら考えています。

横書きの方が縦書きよりも読みやすいと感じる人は多いでしょう。何となく全体の意味を読み取り、最終的な結果だけを素早く理解することができるという点で横書きというのは非常に実用的ではありますが、読みやすいからこそつい「ななめ読み」をしがちで、大切な言葉の一つ一つをしっかりと受け止めることができなくなってしまいます。

縦書きは読みづらいからこそ、言葉の一つ一つに意識を集中し、時間をかけて理解していくことになります。占いの真意を伝え、相談者も自ら考えて答えを探すことができるようになります。メール占いは縦書きでなければその価値に見合うだけのものを伝えることができないのです。

縦書きの文章は竪琴の絃を奏でるかのような美しい響きを持っています。タロットカードの美しい絵柄と共に奏でるハーモニーを感じ取っていただければ幸いです。

クレセントムーンスプレッド

愛とは何か?

それは禅問答や哲学のようなものです。なんせ愛なんてものは人の こころ にあるとらえどころのないものですから、一言で簡単に説明することはできないでしょう。ブログの一記事ですべてを語りつくすことなど不可能です。

とりあえずは辞書を引いてその意味を確かめてみるとよいでしょう。定義を知りたければそれだけで十分ですが、解釈の仕方は人それぞれ、表現の仕方も無数にあると思います。

愛という漢字は「受」という文字の中に「心」を包み込むようにして書かれています。つまり、人の こころ を受け止めることが愛であると考えるとわかりやすいと思います。この文字を考案した人がそこまで考えていたかはわからないので説得力があるかどうかもわかりませんが、かなり核心を突いた解釈の仕方だとは思います。

愛は受け止めるものであって、与えるものではないということになります。人を愛することが難しいと思うのは、そのあたりを勘違いしているからではないでしょうか。

一生懸命愛情を注いでいたつもりなのに、その気持ちがなかなか伝わらずにもどかしい思いをしたことがある人もいることでしょう。それもそのはずです。愛していることを伝えるには相手に愛情を注ぐのではなく、相手の愛情を自分の方が感じ取らなければならないのですから。逆の努力を一生懸命していても伝わるはずがありません。

愛するということは相手の愛情を感じ取ることです。相手の気持ちを理解するということですね。自分からは何もする必要がないのでとても簡単なことのように思えるかもしれませんが、それがとても大切なことなのです。そんな簡単なことすらできなかった人は多いと思いますが、それは今まで愛し方を間違えていただけのことです。自分からは何もせず、ただ受け止めるだけでよかったのです。

先日別のブログで「離婚することは悪いことではない(PDF版)」という記事を書きましたが、その中ではまず「恋愛」について書きました。「恋愛は感情である」と定義したのです。

恋愛という熟語にするとややこしいので「恋」と一文字で書くべきだったかもしれませんね。「恋」と「愛」は混同しやすいと思いますが、ここでは異なるものとして考えます。

愛は感情ではありません。恋が感情であるならば、「愛は感覚である」と定義できます。

タロットカードで視覚的に解釈した方が理解しやすいでしょう。感情としての恋は「カップ」で表され、感覚である愛は「ペンタクルス」で表されます。参考: スピリチュアル・バランサー(タロット占い講座)

タロットカード: カップのエースタロットカード: ペンタクルスのエース

このようにして見ると、とらえどころのないものだと思っていた愛は、実はしっかりと形があって、手に取って感じ取ることができるものだということがなんとなくわかってくるかと思います。

感情は一時的なものですが、感覚は常にそこに在り、消えてなくなることはありません。

感覚というのは五感で感じ取ることができるものです。目で見て、耳で聞き、鼻で嗅ぎ、舌で味わい、手で触れる。そのようにして感じ取ること(受け止めること)自体が愛なのです。また、受け止めることによって生じる「感謝の気持ち」もまた愛と言えるでしょう。

愛するということは、相手の存在がそこに「在る」と認めることです。結果的にその相手を「生かす」ことになるでしょう。

私はそのように愛を定義しました。

私たちはその愛によって「生かされている」ということに気づくことができるでしょうか?


離婚問題でもめているという三船美佳さんと高橋ジョージさんが話題になっています。私の知っているお二人の印象については、いつもテレビに二人そろって映っていて、とても仲好さそうにふるまっている明るくて幸せそうな夫婦という感じでした。

そんな元おしどり夫婦が今は離婚問題でもめているわけです。詳しい事情は知りませんが、頻繁に目にするニュースの記事を見ていて、表面的ではありますがいろいろと考えることはあります。

それらの記事の中に三船美佳さんのこんな発言がありました。

(離婚の決意について)父の三船敏郎さんの墓前には報告したのかという質問に対して三船美佳さんは、

「もう毎日、絶対見ててくれてると思うので、恥じないように侍魂でがんばっていきたいと思います」

と答えていました。

「サムライ魂で頑張る」と言っているのです。

なるほど、そんな気持ちでいるのなら離婚するのも当然だと思いました。

夫婦というのは、大黒柱としての主人タロットカード: 棒のキングがいて、それを支える土台としての妻タロットカード: ペンタクルスのクイーンがいるからこそ成り立つのです。夫が侍魂で頑張るのは当然としても、妻までもが侍として夫に並び立つ存在となってしまったら、二人の侍は主権を争って斬り殺し合うことになるでしょう。

一家に二人の侍が同居することはできないのです。

そして、主人を支えるべき妻がいなければ家庭は土台を失って崩れ落ちてしまいます。

タロットカード: ⅩⅥ 塔

妻が妻としての役割を放棄し、自ら主人になろうとすれば確実に家庭は崩壊するでしょう。これは夫婦としての最悪のパターンですね。

タロットカード: ⅩⅨ 太陽タロットカード: ⅩⅦ 星芸能人の夫婦の多くが離婚することになるのは、どちらも自分が注目を浴びる存在でありたいという欲求が強いからだと思います。自分は空高く輝く星や太陽であり、足元で主人を支える妻の役目など性に合わないのです。だからこそ彼らは華々しい芸能界にいたわけで、結婚して引退したとしても性格はそう簡単には変わらないでしょう。

とはいえ、必ずしも女性が妻として夫を支える役割でなければならないという決まりはありません。女性の方が主人となるのなら、男性がそれを支える妻役を担ってもかまわないのです。三船美佳さんが侍魂で頑張るというのなら、高橋ジョージさんが妻役として彼女を支えればいいだけのことです。

肝心なことは、夫婦二人とも主人となるのではなく、必ずどちらか一人は妻として主人を陰で支える役割を全うしなければならないということです。結婚するということはそういうことなのです。それができないのなら結婚しても幸福な家庭を維持することができず、すぐに離婚するだけです。

侍のような高い志を持った主人と、それをしっかりと支えることのできる忍耐強い妻がいてこそ家庭は守られ、主人の輝きも増すのです。

これは芸能人の夫婦に限った話ではありません。多くの離婚問題でもめている夫婦や、喧嘩ばかりしている恋人同士にも言えることです。

男女平等という価値観は間違ってはいないでしょうが、男も女も自分が一番輝いていたいと思うだけなら結婚などすべきではありません。でも、それでは誰も結婚できなくなり、子供も生まれず、人間社会そのものが崩壊してしまいます。

妻であることは主人よりも劣っているということではありません。妻の存在こそがこの社会を護っているのです。かつての価値観では「女は強い」などと言われることもありましたが、妻役が女性であれ男性であれ、強くなければ護れないからです。

タロットカード: Ⅷ 力

男性同様に社会進出したいという欲求は、本来強かったはずの女性を弱体化させているのかもしれません。妻役が弱体化し家庭を守る者がいなくなれば離婚する夫婦が増えるのも当然です。

男性のように強くなりたいと思う気持ちが逆に女性を弱くしていたなんて考えもしなかったでしょうが、それが現実なのです。

女性が野心を持って男社会に飛び込んでみても長続きしないことが多いのは、足場を支えてくれるパートナーに恵まれないからでしょう。独身で戦い抜くにはこの世はあまりに厳しすぎます。かといって、女主人を全力で支えてくれるような妻役に徹することができる男性は今の社会においては特別な存在だと思います。今はまだ、社会的にはそういう価値観が育っていないのです。

女性の社会進出ばかり重視されて、男性が働かずに家に引きこもって主婦をしているのは「ヒモ」などと馬鹿にされがちですが、そろそろそういう価値観も変えていかなければならないでしょう。妻として主人を支えることはとても大事な役目なのです。

日陰で主人を支える妻であることに誇りを持ってほしいと思います。そして、主人は妻への感謝を忘れないことです。

自分の輝きは、妻の「お蔭様」なのですから。