yomyom

    【yomyom】



新刊をチェックしに本屋へ。

一際目立つコーナー。

赤・赤・赤。

100%オレンジの画集か何かかと思いきや・・・

新潮社から創刊になった文芸誌でした。


私の好きな作家さんがたくさん。

エッセイや読みきりの合間にも100%オレンジの挿絵がたっぷり。

それだけみても楽しい。



うちの愛犬、ミニチュアダックスフンドのデール君は来年13歳。

最近は家族の中で一番のお寝坊さん。

目が悪くなってきて、散歩中電柱にぶつかることもしばしば。

さらに寂しがりやになって毎日抱っこをせまる始末。


身体はおじいちゃんになっても、相変わらず我が家では末っ子。

それがなんだか不思議です。



新潮社のヨンダを100%オレンジが書くようになってから、

見るたんびにデールを思います。

今回の表紙のように節目がちなのはなおさら。

絶対的にヨンダとデールは精神年齢が同じなのです。


これを書いてる間も私の足元で抱っこをせがんでいる。

かわいい目で一生懸命。

私はこの目に弱い。




ワーナー・ホーム・ビデオ
シャイニング 特別版 コンチネンタル・バージョン


今日はキューブリックの『シャイニング』を。

恥ずかしながらキューブリック作品をまともに見たのはたぶん初めて。



いやぁ。怖い。

ていうか気味が悪い。

映画館であの高音を聞かせられたら気持ち悪くなりそうだ。

ただ、画はしっかりしていて、変な小細工もなくとても見やすかった。

赤い幾何学模様の廊下にちょっとくすんだ青のニットのダニー。

色合いにも気を使っているのがわかる。

音を使ったシーンのつながりが多いことが、何かが起こりそうな気味の悪い感じをさらに高めていると思う。



久々にため息まじりの満足感を覚えた。






伊藤 たかみ
指輪をはめたい

 久々の平日の休み。そして久々にギャラリーにでも行こうと昨日から考えていた。色あせたスキニーに黒のニット。三ヶ月ですでにボロボロの黒いサンダル。友達から土方の人みたいと笑われた茶色いコーデュロイのジャンパー。お出かけ日和の青空の中、いつも通りの手抜きの服装。こないだ思い出した「きちんと歩くこと」を忘れずに。前を見て、すたすた、きちきち、歩く。

 いつもより多く寝たはずなのに、電車の中で爆睡。駅に着き、自分を無理やり起こす。休みの幸せを噛み締めているのも束の間、目的の個展は期間を間違えたらしくやってなかった。しばしショックで呆然。自分の勘違いに舌打ちをしたい気分だ。しかし、そこは女の子。でかかった舌打ちを抑え、休みの寛大さをみせる。では、気分を変えてランチでも・・・

 一人でよく行くパスタ屋。本日のランチは「鶏肉とネギのスパゲッティ」。まよわずそれをチョイス。飲み物はブラッドオレンジ。読みかけの本を開く。伊藤たかみの『指輪をはめたい』。スケート場で頭を打ち、誰にプロポーズをするか忘れてしまった男の話。男は女のことをわかっていないが、女も同じく男をわかっていない。そんなことを学んでいたところ、左隣に男性の3人グループが座った。興味津々、悪いとわかっていて聞き耳をたてる。一人の男は彼女のためにギターを練習してハッピーバースデーを歌ってあげたらしい。それをすごいと褒めた男はどMで、ありえないと言った男はどSらしい。ランチのサラダがきた。どれどれ右隣はどんな感じかな??女性二人。ほぉ。物の捨て方のお話しですか。旦那の首の伸びたTシャツを雑巾にしようとしたら怒られた。ふむ。うちの父もそうだなぁ。色あせたトレーナーを形が気に入ってるからとまだ着てる。メインのスパゲッティがきた。味はまずまず。それよりこれからどうしましょ。

 本屋をのぞいてみたが、何せ昨日行ったばかり。すぐにあきてしまった。しょうがないから、お茶しに喫茶店へ。そこでのおもしろい話はなし。本に夢中だったから。記憶力のない私の話はここから帰り道まで飛ぶことになる。

 帰りは隣の駅から歩いて帰った。煌々と灯った街灯に照らされて私の影は私以上に動き回る。足元から小人の私の影が競りあがってきてびっくりした。私の影が二匹になった。案外、昔の忍者の分身の術はこういう身近な現象から考えだされたのかも知れない。そういえば二、三日前まで漂っていた銀杏の香りが消えている。もう植物たちは冬への第一歩を踏み出しているんだな。家への道すがら、それぞれの家から夕飯の支度の音や匂いが私を襲う。なかば強引に今日の晩御飯を想像させる。肉か魚でいったら肉かな。家の灯りが見えてきた。ドアを開けると中からホッとする暖かい空気が流れ出てきた。それと同時にビーフシチューのいい香りが。これとギャラリーの件とでとんとんてとこかな。

カズオ イシグロ, 飛田 茂雄
浮世の画家

何も起きない。

でも絶えず蠢いている。


自己の葛藤とは得てしてそういうものである。

何も起きないからこそ内にこもり、葛藤の渦はスピードをあげ、中心部の暗闇へ吸い込まれていく。


カズオ イシグロは昔から読みたかったのだけど、出会いがなかった。

そういう本との出合いに父とのシンクロを感じる。

私がこの本を買い、読んだ一週間前に父は『日の名残り』に出会っていた。

父の読むジャンルとは少し離れているので、彼は「イシグロ」の名前すら知らなかった。


逆に父の専門でそれは起こったりする。

ただありがたいのは、そういうときは同じ作品にはあまり惹かれないということ。

今回のように作家が同じで、後で交換して読めるのだ。


まさに一石二鳥。

親子とはうまくできてるものだなぁ。



【ku:nel vol23】
【クウネル】 23 号



「トーベが50歳も年上だなんて、ちっとも意識しなかった。彼女は誰に対してもとても対等な人だったから」

『ムーミンのひみつ』 より



ムーミンのひみつ。


やっちゃんのきのこ狩り

ふっくら黒豆の煮かた

吉村順二が作った森のなかに浮かぶ家

あなたの足はしあわせですか?



ムーミンを初めて読んだのは、高校1年の頃。友達と一緒にはまり、それぞれどっちが先に揃えるかと競って古本屋を毎週探して歩いた。テレビの再放送でアニメを見たときは、メルヘンで明るいイメージは微塵もなく「不気味な」印象をもった。もちろんその後ムーミンが妖精だと聞いても信じられなかった。だから、興味を持ったのだ。そして虜になった。

ムーミン一家の好奇心と、スナフキンのすべてを悟ったような口ぶり。ミーのひにく。みんな輝かしくて活き活きしている。この活き活きさはトーベ・ヤンソン自身が人として持っている魅力だと思う。トーベは51から77歳まで、親友のトゥーリッキ・ピエティラとフィンランドのクルーブ島で夏を過ごす。冒頭に載せた言葉は『少女ソフィアの夏』のモデルになったトーベの姪ソフィア・ヤンソンが語ったもの。まるはだかで海に飛び込んだり、魚をとったり。クルーブ島はトーベたちが子供に戻るための場所。そういう場所をもち、何もない島で心も身体もまるはだかになる。そこに歳は関係ない。だからこそ誰に対しても対等でいられる。その精神がムーミンを生んだのだ。


いやいや、ちと熱くなってしまった。

「スナフキン、スナフキン・・・(落ち着け、落ち着け)」


誰に対しても対等であれ。ときに子供に戻り、心も身体もまるはだかになること。



加納 朋子
レインレイン・ボウ

「僕は、自分の理解が及ばなかったりわからなかったりする大きな隙間を、自分なりに埋めようとする。それが僕の場合、妄想と いうなの怪獣なんですよ。」

『レインレイン・ボウ 加納朋子』 より


加納朋子二冊目の紹介になります。

『月曜日の水玉模様』で活躍した片桐陶子が再び登場。

同作品より萩広海と谷かおりも。

こういうつながりは読者としてはウハウハです。



この作品に出てくる彼女たちはみなこの『妄想というなの怪獣』を心に飼っている。

彼女たちはというより私たちは、と言った方がいいのかもしれない。

はっきりと答えが見えなくて、勘違いもするし、思い込みもする。

でもそれはとても人間的で好ましい。

わからないことを知りたいと思い、理解できないことを妄想で埋める。

毎日はこういうことの繰り返しなのだと思います。


自分のことは自分にしかわからない。

でも相手を理解しようと、時に妄想を駆使して努力をする。

その行為自体が相手に安心感を与える。

とても好ましい行為だ。

そして忘れがちな初心でもある。



ジェネオン エンタテインメント
きょうのできごと スペシャル・エディション

最近ケーブルTVが入り、休日の二本立てが習慣になりつつあります。

今日は「SOU-ソウー」と「きょうのできごと」の二本立て。


「SOU-ソウー」は文句なしでおもしろく、「きょうのできごと」で心が落ち着いた。

二本立てで映画を見るのは昔からあまり好きではないけど、今日はうまくいった方だと思う。



喫茶店に男が一人。

横顔が最近TVで良く見るタレントに似ていてはっとする。

視線が空を切っている。

タバコを吸い、コーヒーを飲む。

何を考えているのか、目線が変わることはない。


言葉にするとそれはドラマになる。

喫茶店にいる一人一人がそんなドラマを持っている。

そんなことを今日は考えました。


さて、来週用の録画予約でもしようかな。








立川 談四楼
ファイティング寿限無

久々に父親に進められて読んだ本です。

そして久々に泣いた本でもあります。


橘家龍太楼に弟子入りした小龍が、プロボクサーになるというお話。

書いた作家さんも落語家の方です。

以外に落語シーンが少なく、逆にボクシングのシーンがとてもリアルに描かれている。

落語を筋にした話しを期待してた私としては、ちょっと残念。

でもラストに向かうにつれて、自然ともり上げられる感情。

涙、涙。


たまには素直に泣くのも悪くない。

ちょっとすっきりした。




ポニーキャニオン
イン・ザ・プール


精神科医・伊良部一郎。患者も戸惑うほどの変わり者。

頼りない医師を前に自分たちの力で乗り越えていく患者たち。

でもこんな先生も必要なのかもしれない。

それくらい現代の正常と狂気の境目は曖昧になっているように思える。


最近の私の流行は、お風呂に浸かり顔だけ出してお湯に浮かぶこと。

音が遮断され、身体が軽くなる。

それが気持ちよくてしょうがない。

息を吸い込むと身体が浮き、息を吐き出すと身体が沈む。

ただそれだけのことが、楽しくてしょうがないのだ。


親に見られたら、「あんた何やってんの」って言われるんだろうなぁ。

説明するのもいいわけがましくなっちゃいそうだなぁ。


なんて考えながら、今日も私は浮遊する。





初心は忘れてしまうものだけど、だからこそ初心と言うのだなぁと思います。

こないだは「きちっと歩くこと」を思いだした。

着ている洋服が気に入らなかったり、髪形が決まらなかったり。


でもきちっと歩いてさえいれば、なんとなくかっこよく見えるものだ。


結局は、歩き方を見ればその人の人生がわかるとか、そんな言葉が発端だった気がするけど。

自信をもって「きちっと歩くこと」

そうすると、背筋が伸びて気持ちもきちっとあるべきところに収まっていく。

高校生くらいのときに、自分の中で指針にしていた言葉です。


まあ、5年ばかし忘れていたわけですけど、今の自分にしっくりくる、今の自分の方が必要としている言葉だと感じました。

あの時はちょっと背伸びして使っていた言葉だったんだなぁと思ったのです。


大事なことを、必要としたときに思い出し、一つの言葉に救われる。

これも「運命」の一つだと、私は信じてやみません。