小噺を一つ、時代は江戸時代

 

 息子の嫁が乳飲み子の寝ている間に義父のさやかきや顔を剃ることになりました。

器用にカミソリを動かしながら、顔の所で前かがみになったとき、

嫁の懐からはみ出した張り切った乳房が義父の口に触れるや否や・・・

親父は思わずそれを口に含み舐めてしまいました。

 

折悪しく息子がそれを見てしまったからさぁ大変。

 

「さてさて、親としてあるまじきなされかた、女房の乳を舐めての御たわむれ

 御所存のほど承りたい」と大いに腹を立て父親に迫ります。

 

親父は開き直って言い放ちます。

 

「おのれは、おれが女房の乳を5年というもの喰らっていたではないか」

 

5歳まで乳離れしていなかったとは?

息子は何と言って返したのでしょう、返す言葉に詰まりそうですw

 『トム・ソーヤーの冒険』で有名なマークトウエインの極貧時代の逸話です。

 

 マークトウエインが金もなく、空腹を抱えてホテルロビーの階段に腰かけていると

一匹の立派な犬が甘えるように彼の膝へ顎を載せてきました。

丁度その時、マイルズ将軍が通りかかり声をかけられます。

「素晴らしい犬だ!その犬を是非譲ってもらえないだろうか」

マークトウエインは喉から手が出るほど現金が欲しかったので

「いいですよ、3ドルでいいです」と言ってのけます。

将軍はあまりにも安いと戸惑いながらも3ドルを払い犬を連れて去りました。

 

 しばらくすると、悲しそうな顔をした男が現れてあたりを見回しているので

「犬を探しておられるのですか」とマークトウエインが話しかけると、

男は目を輝かせながら「見かけたんですか?」と助けを求めるように寄ってきました。

マークトウエインは「その犬なら多分探してきてあげられると思います」と言って

手数料に3ドルを要求しました。

 男は喜んでそれに応じたので、マークトウエインは早速マイルズ将軍の所へ行き

3ドルを返して犬を連れ戻して男に引き渡し3ドルの手数料を受け取りました。

かくしてマークトウエインの手には正当(?)な稼ぎの3ドルが残りましたとさ。

 

 江戸時代、徳川家康の手で封建制度が敷かれますが、その要となったのが「家」です。

家名を重んじ、その正統性を大切にし「家」には純潔を求めました。

そのため他人の血が混じる恋愛を禁じたのです。

貝原益軒の著した貞女の道徳「女大学」で道徳的な裏付けをして恋愛を禁じたのです。

あの時代、性はおおらかで恋愛も自由な雰囲気がありましたがそれが禁じられました。

ここで恋愛とした部分はいわゆる「姦通」のことです、今風に言えば不倫ですか・・・

 

 武士の間では「姦通の二人を重ね四つに斬る」のが当たり前になりました。

 

 その後江戸も中期を過ぎると、人の自然の欲求は法度を跳ね返し、町人の間では

儒教的な罪悪感を持ちながら、娘も人妻も自由に恋愛に浸ってゆきました。

 武士の間でも「姦通の二人を重ね四つに斬る」のは次第にすたれてゆきました。

変って、「据えられて七両二分の膳を喰い」と唄われたように、七両二分の慰謝料で

解決されるようになってゆきました。

「据えられて」の部分が神妙で、「据え膳」をするほど女性が積極的だったようです。

また、慰謝料も大抵は四、五両で話が付き、農村では米俵を慰謝料にしたようです。

当時の一両は4~6万円(米価換算)に相当し、慰謝料は16万~42万円が相場のようです。

(現代の不倫慰謝料相場は50~300万円だそうです。)

 

 特に、人妻の恋愛相手は「間男」と呼ばれていました。こんな小噺があります。

 

 男が「お前が間男だな」と刀の柄に手をかけて迫ると間男は大いに詫びて、4両で勘弁

してもらいます。間男は家に帰り女房に「四両出せ」と言いますが、女房が不審に思い

そのわけを尋ねると、間男は事の仔細を説明しました。

 それを聞いていた女房は「それは、一度が四両づつかえ」と尋ねます。

間男が「そうさ」と答えると、女房は「んじゃ、お前さんは四両貰っておいで」・・・

なんと、間男の女房の間男が先の男だったのです、2回ほどあったようでw