時は幕末、江戸無血開城で徳川幕府は崩壊し、旗本たちは江戸退去の羽目に陥りました。
殆どの旗本は、徳川慶喜とともに駿府に移住しましたが、血気盛んな若者は江戸を去りがたく
期せずして上野寛永寺に集結します。仕事もなく江戸市中警護の役目を買って出ました。
この一隊は「彰義隊」と名付けられました。徳川恩顧の義を彰(あきらか)にするの意味です。

 その後、江戸駐在の官軍とのいざこざが絶えず、慶応四年五月に決定的な衝突を迎えます。
官軍側に彰義隊を潰す意図があって彰義隊をギリギリまで追い込んでいったようです。
彰義隊は武力に勝る官軍に押され、半日の戦闘で壊滅してしまいました。

 彰義隊は敗走し奥州路を目指しましたが、馴染みを頼って手近な吉原に逃げ込んだ者も
結構いたようです。吉原の遊郭はどの店も彰義隊残党を受け入れ匿いました。
それも官軍の知るところとなり、吉原に200名ほどの福岡藩兵が押し寄せ名主を呼び出して
落人を渡さねば大砲を打ち込み吉原を焼き払うと威嚇したのです。

 江戸の三名主のひとり、竹島甚右衛門がこれに対して曰
「先ほどのお調べでも落人は見つかりませなんだように、この廓には一人もおりませんが、
 お疑いで大砲を打ち込み焼き払うとおっしゃるのであれば止むをえません。
 しかし、我々の役目として申し添えておかねばなりません。当吉原は江戸幕府町奉行の
 支配下にありましたが、この土地は元来水戸中納言様の御領地でございます。
 幕府のない今 当吉原は水戸様のご支配下にあると存じ上げます・・・」
大砲を打つなら水戸様の了解を得ろと逆に迫ったのです。

 吉原は徳川の領地だと思いこんでいた福岡藩兵は認識不足を悔やみましたが後の祭り、
勤皇派の水戸の領地で騒ぎを起こせば隊長の切腹くらいじゃおさまりがつかなくなります。
福岡藩兵はなす術もなく早々に引き上げたそうです。

 アキレウス(アキレス)は紀元前8世紀頃にホメロスが書いた叙事詩「イリアス」の

主人公です。ギリシャ神話に登場する英雄アキレウスは不死身の肉体を持ち、

神から与えられた武器で多くの敵を倒すなど無敵の強さを誇りました。

アキレウスの父は人間の王ペーレウス、母は海の女神テティスで、神と人間の子です。

 

 女神テティスは非常に美しく、全知全能の神・ゼウスや海神ポセイドンから熱烈に

求婚されました。しかしテティスは、「父であり海神ネーレウスよりも偉大な子を産む」

という定めを負っていました。

 女神テミスからその予言を知らされたゼウスとポセイドンは求婚を取り止め、

テティスを人間の王と結婚させることにしたのです。 

 

 テティスはアキレウスが生れると、不死身の英雄にするために死の国を流れる

スティクス河にアキレウスを浸すことにしました。

 アキレウスの両足首を握って逆さに浸したのですが、握った足首の所だけ河の水に

浸からなかったため、足首は不死身にはなりませんでした。

 成人したアキレウスはトロイ戦争でギリシャのために戦いますが、足首に矢を射こまれ

戦死してしまいます。足首だけが不死身ではなかったのです。

 

 現代の医学用語では、踵から伸びる腱を神話にちなんでアキレス腱と呼んでいます。

アキレス腱は、人体最大の腱で約1トンの牽引力にも耐えるような強固な構造で、

下腿後方の腓腹筋、ヒラメ筋が合流して、アキレス腱となり足関節を底屈しています。

 また、「アキレス腱」は最大の弱点を表す言葉としても有名です。

日本は古くから「腰巻」が女性の下着でした、着物文化に根差した風習です。

 

100年前の関東大震災(大正12年)の折、多くの方が命を落とされましたが、

池や川に打ち上げられた女性の水死体を見た婦人団体の幹部たちは、

若い女性に「ズロースを穿きましょう」と警鐘を発したそうです。

警鐘は聞き流しにされてきましたが、昭和7年の火災で一気に風向きが変わりました。

 

東京日本橋の白木屋デパート(1999年閉店の東急百貨店の前身)の火災です。

屋上に近い玩具売り場から出火した火災で、店員はロープを伝って非難を始めました。

ビル周辺には炎に巻き上げられた上昇気流が生れていました。

ロープで下降して来る女性店員が2,3階あたりまで来ると強い上昇気流に煽られ

着物の裾がまくれ上がり太腿の付け根まで露わになってしまいました。

女性の視界には黒山のような火事の野次馬が・・・羞恥心から手を秘部に宛がうため

ロープから片手を離した瞬間、体重を支え切れずに地面に叩きつけられる悲劇が・・・

次々と女性店員が落下し、その数10数人に達したと言われています。

 

この悲劇を契機に日本女性の「ズロース」着用が進んだと言われています。