ナナを足してみました/ボーちゃんの頭、回復してきたみたい | アピストグラマと水草と apistogrammas and waterplants

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アピストグラマを初め、熱帯魚と水草にうつつを抜かす主婦の日記です

今日は日本全国あちこちで、真夏日になるようですね。


我が家の水槽、温度はどうかな?

25度。あら低い。


エアコンに感謝です。

たかが電気、なんて、口が裂けてもいえません、私は。


昨日、APAP水槽台2号棟屋上の60cmを見ていて、流木の手前にナナを置きたくなりました。

もう何年も前に買ったナナ、今はスポンジ水槽の流木に活着させて入れてあります。


スポンジ水槽に入れる流木は、産卵床用がひとつと障害物用が適度にあればよいので、

産卵床用が確保できるようにして、ナナ付を取り出しました。


で、置いてみました。

私はレイアウトはまったく、全然、さっぱり、少しも、わかりません。

今度、ゼミで教わるのです。楽しみです♪


でも、適当に置いてみた。

自分がそれを好きか嫌いかは、わかるから。


アピストグラマと水草と      apistogrammas and waterplants-ナナが来た



んー、真ん中辺りの流木の枝、もうちょっと下向きの角度に伸びて欲しいなぁ。

ウィローモスはもっと低くしたいな。


ナナの辺りをちょっとアップで撮ってみました。

ここはなかなか好きかも~音譜


アピストグラマと水草と      apistogrammas and waterplants-厚み



でもこれ、大変なんですよ。

屋上にあるので、まず位置的に高いのです。


こういう手順です:


じっと見つめる ⇒ 気になるので直したい ⇒ 椅子を運んで、そこに乗る ⇒ ライトをどかす ⇒ ガラスふたを取る ⇒ 手を入れる ⇒ ガラスふたとライトを戻す ⇒ 椅子から降りる ⇒ じっと見つめる ⇒ 気になるので直し・・・以下、繰り返し


これはアホです。あはは(自嘲)。

師匠に、レイアウトやるなら平置きで上はオープンでないと、と言われましたが、確かにそうです。


だってぇ、こんなことし始めるとは、思っていなかったんだもん。

いや、思っていたかもしれないけど、気付かぬようにしていました。


結局何やら始めてしまいましたが。

ああもう、笑ってくださいな。私も笑います。


こういう風に、水草から顔を出すアピスト、と言う図が可愛いと思う。


アピストグラマと水草と      apistogrammas and waterplants-コンニチハ



お散歩ミナミちゃん。

何かいいもの見つかったかな?


アピストグラマと水草と      apistogrammas and waterplants-お散歩ミナミ



このところアピストがあまり登場しませんが、ちゃんといます。

いなくなった子もいるけど・・・(悲)、ボーちゃんは順調に元気です。


ひどかった頭の陥没、かなり回復したんじゃないかな?

心の凹みと比例して、頭の凹みも治ってきているのかな?


ボーちゃんです!可愛いかわいい。おちょぼ口(^m^*)。

もうちょっと太ってくれると良いのですが、あまり熱心に食べないんですよね。


アピストグラマと水草と      apistogrammas and waterplants-ボーちゃん



この頃ひどかった・・・6月4日、鬼嫁に殴られ続けて、よれよれボーちゃんです。

お腹もぺたんこ、カワイソ(T-T)

アピストグラマと水草と      apistogrammas and waterplants-たそがれ


回復しているのだったら嬉しいです。

まだ臆病だけどね。


怖がるって、恐怖心って、とてもかわいそうな感情だと思うのです。

何をそんなに恐れているんだろう。

その恐れを取り除いてやりたい。


さかなの場合は、網ですくわれるとか、わけわからないものが突如現れるとか、

自然界では想定外のことが起きるので、かなり怖いんでしょうね。


ある方が、人間の感情には愛と恐れしかない、と断じていて、

その大胆な言い切りには少々驚きましたが、考えると結構納得できるものがあります。


例えば「怒り」も、結局は対象を善導したいと言う愛から出ている公憤か、

自分が害されることへの腹立ちかに大別できそうで、

後者は利益を損なうことへの恐れとも取れるのかな、って感じで。


危険な場所からどかしてやろうと差し出した手から必死で逃げる虫を見るように、

愛が伝わらないと言うのは悲しいことですが、

相手の認識力がそこまでなのですから、仕方ないのかもしれません。


この場合の悲しみは、上記の理論で行くと愛になるわけですね。

愛は悲しいね、ってオフコースの小田さんも歌っていましたねぇ。

慈愛じゃなくて恋愛の歌だったけど。


神様は日々、ずっと長い間、どれほどお悲しみだろう。

と、そこまで思いが広がって、飛んでいくのでありました。


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