いにしえのセンサスホール | 独り言哀歌

独り言哀歌

ソロシンガー アパッチの戯言日記

途中で切れてたようなので送りなおします…
(せっかくコメントして下さったみなさん申し訳ありません!)

ドラムにMナミが加わりツインギターで5人編成になり早速みんなで練習を開始するのですが、学校での練習も他の連中とバッティングするようになり限られてきたこともありスタジオでやるようにもなりました。
環状線の西九条駅前にあった「YANTA鹿鳴館」でリハーサルスタジオを初体験するのですが、Mナミ以外は全員スタジオ経験がなくあたふたあたふた…特に私は大型アンプを使うのも初めてで、

「なんやこれ、スイッチふたつあるやん…どうゆうこっちゃ??」

文化祭ライブで大型アンプを初体験したはずのもう一人のギタリストN条も

「スタンバイって書いたぁるからこっちが先やろ」

「な~るほど、そうゆうことか!」

と二人して間違えて使いました…

(これからスタジオを経験するみなさん、わからない事は必ずお店の人に聞きましょうね!(笑))

レパートリーも増えて行き、コピー曲ばかりでしたがこんなに楽しい事は他にありませんでした。
私の記憶が正しければバンド名はREPEAT(確かリピートだったはず…)。
文化祭の時は名前がなかったと思うのですが…
誰が決めたのか、何故そうなったのかはわかりません…
当時のメンバーでこれ読んでる奴がいて、もし間違えてたら教えてくれ~!

そしてメンバー、ボーカルCマとベースSイチの二人が東大阪の出身で、地元の連中からジョイントライブの誘いがあるとの話が舞い込み、誰ひとり反対することなくREPEATの初ライブは12月末に決定し、私は念願のギタリストデビュー、しかもライブハウスデビューに心が躍りました。
リハーサルを重ね、当日を迎えた我々は東大阪の布施、今は無きセンサスホールへ乗り込み初のライブハウスに息を飲むのです。
まずCマとSイチの友達という対バンの人たちに驚かされました。演奏レベルは高いわ、そして衣装はかなり凝ってるわ、髪は逆立ってるわ、メイクはしとるわ、まるでスタイリストでも付いてるかのような完璧なコーディネートぶり!

「コイツら凄いなぁ、素人のくせに…」

梅田のBLACKだったか1984だったかで買った赤いベストにスタッズベルトが精一杯だった田舎モンの私は完全に萎縮モード全開。彼らには相当ダサく映ったことでしょうね(苦笑)

しかしみんな気さくで同年代と言うこともあり音楽やギターや恋の話で盛り上がり、打ち解けるのは早かったですね。
そういえばこの日対バンした連中の中には後にメジャーデビューしてちょっと人気者になった人もいましたな。

で、サウンドチェックに入るわけですが、対バンの連中はもう既に慣れてる様子なのに対し、我々はちゃんとしたオペレーターさんに音を作ってもらうのも勿論初めてでアンプの音作りさえあやふやな状態。私は多分そこらへんを指摘された記憶があります。
ボーカルのCマも

「キミ声が全然出てないよ、そんな歌い方じゃアカンよ!」

と叱咤され初めて受ける洗礼にヒヤヒヤピリピリした雰囲気の中、オペレーターさんに色々と指導してもらい何とかリハーサルを終えたのです。
その後の楽屋も嫌~な空気が流れ、Cマは完全に自信喪失した様子。

「俺の歌い方って全然アカンかったんや…こんなんで大丈夫なんかなぁ…」

「俺も歌のことは今までわからんかったけどな…でも大丈夫やって!思いっきり自信満々でやったろうや!!」

何とか気を取り直し本番前にはかなり雰囲気も良くなり(若いっていいですね~)緊張もピークに達した頃、もう半分開き直ってライブハウスデビューのステージは幕を開けました!

客席は友達や知らない人で一杯になってて、完全に開き直った私は結構トチったりしながらもメンバーの中で一番暴れて弾けていたらしいです(後で聞いた友人談(笑))。
途中から最前列にいた女の子たちが立ってノってくれたときは相当嬉しかったですね。

Cマも何とか最後まで歌い切り、我々のライブハウスデビューは温かい拍手に包まれて終了しました。

終了後友人たちに

「おぉ、お前ら良かったで~!」

「せやせや、プロなったらええねん!」

歯の浮くような誉め言葉も何故か素直に受け止めることが出来ました。

アパッチ16歳(と数ヶ月)

「プロなりたいなぁ…」
少し勘違いし始めた1985年の暮れでした。