じゅ〜はち〜の〜ひびが〜 | 独り言哀歌

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ソロシンガー アパッチの戯言日記

このあたりから今も絡んでる人たちがポツポツ登場してくるのですが、各位には随時連絡を取り了承を得て可能な限り登場させたいと思っとります(笑)

ライブハウスデビューして間もなく年が明け、N条とSイチは先輩らとバンドをやるようになり私も他の連中とちょこっとバンドを組んだりするようになりました。
とくにどのバンドがメインという事もなく、誘われればあまりジャンルは問わずやるような感じでしたね。
やはりまだコピーばかりでしたがBOOWY、レベッカ、バウンドドッグ、ブルーハーツ…当日流行ってたこのあたりは一通りやったと思います。

そんなことを続けてた高校二年の終わり頃、私が地元の連中と組んでいたバンドが自主ライブを開くことになり、私は中学時代の友人のバンドを誘い、その友人が更にもうひとバンド連れて来たのです。
そのもうひとバンドは隣町の連中でそれはそれはとても面白く、中でも少し天然がかったボケっぷりが最高にイカしてたのがギタリストでした。
ヴァンヘーレンやジミヘン、リッチーブラックモアなどが大好きな彼がやっていたそのバンドは何故かザ・スタークラブのコピーをしてました(笑)
自称"淡路のヘンドリックス"と名乗っていたその男はみんなからタッケンと呼ばれ、それから約20年後に私とバンドを一緒にやる事になるとはそのとき夢にも思わなかった…きっとお互いに(笑)

タッケンらと知り合ってからは常に誰かがウチの地元にいたりまたその逆だったりで、しょっちゅう遊んだりツルむようになり、その中でメンバーを入れ替えた即席バンドでライブをしたりもしました。
タッケンとは同じギタリスト同士という事もあり一緒にバンドはしませんでしたが、競い合い刺激し合い
「なぁタッケン、プロになったらヤングギターとかロッキンfで対談しようや」
てな会話も多分してたと思います(笑)

そんな楽しい日々と同時に我々は少しずつ現実的な進路や将来のことなどで悩み始めるのです。
みんなが就職や進学を決めていく中で私にははっきりとした希望がなくただ漠然と音楽をやっていたいと思うだけでその為にどうすれば良いのかもわからず、何となく大学受験もしてみるものの勉強などこれっぽっちもしてないので受かるワケもなく…そしてだらだらと進路未決定のまま卒業したのです。

何となくバイトなどしながら
「このままフリーターやな…」
と決めかけてました。

そして3月も半ばになろうとした頃、同じ高校の友人が既に決めていた某音楽関係専門学校のオリエンテーションみたいなのに何故か付いて行ったのです。
別に興味もなかったのですが、行ってみるとまるで入学するのを待ち構えてるかのような手厚い歓迎、美味しい話、気を良くさせるような話術で迫られ私はまんまと引っかかってしまい帰る頃には受験の手続きをしてしまってました…
そして一応テストを受け入学が決定してから親には事後報告で頭を下げ、ようやく認めて貰ったのです。
しかし後に知った入学金と授業料の高さには思わずひっくり返りそうになりました。更に教材費だの何やかんやと費用を請求され、これ以上親に負担をかけるのが心苦しくなり、私はバイト漬けの日々を過ごしこれらの支払いにあてました。

タッケン達も就職や進学でとりあえずの道を決め、それぞれに歩き始めたようでした。

アパッチ18歳

強く望んだわけでも目標があったわけでもない進路と中途半端な自分自身にモヤモヤとした不安と軽い苛立ちを抱いて新しい道へ踏み出したのです。