オイラはドラマー!? | 独り言哀歌

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ソロシンガー アパッチの戯言日記

ギタリストとしてスタートした私はそれこそ寝る時間も惜しんで毎日弾いて弾いて弾きまくりました。

当時よくコピーしたのはザ・モッズやキャロルをはじめ、ちょうど聞き出したばかりのアースシェイカー、44マグナム、レインボーにマイケルシェンカー等々。
やっぱりハードなロックの方がギターソロとかもオイシくて面白くなり、弾くのはもっぱらハードロック専門になっていきました。(聴くのは今と同じく雑食で割と何でも聴きましたけどね)

そして高校に入学した私は音楽の話で気の合った連中と軽音楽部に入り、バンド結成に向けて息巻いておりました。

私の入った学校の先輩には一目でミュージシャンだとわかるような長髪、茶髪、ツンツン頭がゴロゴロしており環境的には恵まれてたと思います。
そういえば、中3で入学願書か何かを取りに来た時に柔道着を着た長髪の兄ちゃんが2~3人歩いてて、

「ここの学校は柔道部にヘビメタがおるんや…変わってんなぁ…」

と驚いたのですが、後日この学校には柔道という授業がありヘビメタたちは柔道部ではなかった事が判明、何故だか軽くホッとした覚えがあります(笑)

そして気の合った友人達と自慢のギターやベースを持ち寄りバンド結成の話で盛り上がるのですが、ドラムを叩ける奴がいない…
集まってもドラマーがいないので演奏にならず好き勝手に弾くばかり。
あるとき私は部室に組んであったドラムの椅子にすわり転がってたスティックを手に取って何となく真似事のように叩いてみたのです。
するとそれまで好き勝手に弾いてた友人達は一斉に演奏を止め、唖然とし出しました。

「ちょ~ちょ~ちょ~お、自分ドラム出来るやんっ!」

「え、これって出来てんの?」

「出来てる出来てる!結構上手いやん!!これで何か曲合わそうや!」

何だかわからないうちに私はドラムを見様見真似で叩いて数曲を何とか演奏したのです。不思議とそこそこ叩けたのには自分でもびっくりしました。

「よっしゃ~これでやっとバンド出来るなぁ」

「おう、このメンツで文化祭に出ようや!」

「ちょっと待てぇ、このメンツってまさか俺ドラムかいっ!?」

「他に誰がやるねんな!」


……
(まぁそのうち他にドラム出来る奴も出てくるやろ…それまで何となくやっとこか)

タカをくくってた私の思いとは裏腹に夏が過ぎ、涼しくなっても他のドラマーなど見つからず、とうとう文化祭を迎えてしまった私は人生初のライブをなんとドラマーとしてステージに上がるのでした!

文化祭ライブの日は極度の緊張と不安で頭がおかしくなりそうでした。それまで軽音楽部の汚くてボロっちいドラムセットでしか叩いたことがなかった私はレンタル業者から運ばれた当時流行ってたゴージャスなツーバスのセットに圧倒され、他のメンバーも使ったことのないマーシャルやピービーのアンプに手こずりまくり、ようやく準備が出来たのは本番の十数分前!
慌てて1曲だけ通してリハーサルは終了。着替えて即本番という無茶苦茶ぶり。
演奏したのはボンジョヴィやラウドネスのコピーだったと思いますが、自分達はちゃんと演奏出来てたのか、お客さんがちゃんと見てくれてたのか、反応や拍手があったのかどうかもわからないままに気がつけば終わっていました…
人生初ライブの記憶はこれ以上何もありません。
ただ本番前、景気付けに飲んだ焼酎が終了後にまわって吐きそうになって我に返ったのは覚えてます。

ライブが終了してボーっとしてた我々の前にMナミと言う一人の男が現れました。

「俺がドラムやったるわ」

「はぁぁ!?ってかアンタだれ??」

「…こいつバスケ部のMナミや!ドラムやってるっちゅう噂はホンマやったんやな!」

「マジかぇ!!なんでもっと早よ言うてくれへんかってん!おかげで俺は散々な目に…ってお前のせいちゃうか!?」

「なかなかバスケ部辞められんでのぉ。今月で辞めるからお前らのバンド入るわ~」

アパッチ16歳

人生初ライブ、そして最初で最後になったドラマーでのライブは終わり、ギタリストとしての初ライブへ向けて野望を燃やすのでした…