おまじないコブラはじめました。 -196ページ目

おまじないコブラはじめました。

河内美雪さんの『借金王キャッシュ』好きが昂じてこのようなタイトルをつけましたが、中身は数学オタク中年乙女のボヤキです。悪しからず御了承くださいませm(_ _)m

科学的考証とかできてないため、ウンチクは話半分で読んでください。

近頃、ネット界隈は桜の投稿で賑わっておりますね。

それだけお花見が好きな人が多いのかな。

西行法師が「桜が咲くと騒がしくてかなわんな」的に思う気持ちもわからなくはないですな。


というわけで、今年は能楽『西行桜』でも取り上げてみましょうか。





桜溺愛坊主(なんちゅう言い方や)西行の庵には桜の木があって、毎年、花の頃にはその評判を聞きつけた人が見物に訪れたそうです。

しかし、ある年の春は、西行は思うところがあって花見を禁止するつもりだったのですが、そんな思惑をよそに、例年通り人は訪ねてきました。

むげに追い返すわけにもいかず、見物客を受け入れた西行が歌に詠んだのが

「花はその美しさで人を惑わせて煩わしいことだ」

という趣旨の一首でした。

と、その夜の夢に、年老いた姿の桜の精が現れ

「桜の咎とはなんだ?花は人を惑わすために咲くわけではない、ただ咲いているだけ」

と反論しました。

そして、桜の精は各地の桜の名所を織り込んだ唄で静かに舞い、やがて春の夜を惜しみながら消えていった、というようなお話らしいです。見たことないけど。





筋らしい筋はないのですが

「花はただ咲いているだけ」というのはなんとなく好きです。

別にお前のために咲いてるんじゃねえぞ(なに?なんか嫌な記憶でもあるの)、みたいな感じですかね。

さらに、自分が何をしても、それに対して思いもよらない感情を持つ人はいるし、他人の反応を気にしてビクビクしてもしょうがないか、という開き直りも持てそうです。

逆に、自分が人に対して色々と思い煩うときも、相手は自分が煩うほどの思惑もなく、ただその人の自然に従って振るまっているだけなんだと受け入れることも肝要なのかな、とも。







まあ、春らしく靄々した展開となりましたが

「読みにくいやろうな~」

などと、人を煩わすことを気にするのは、今日はやめておきます。

なぜなら

「花は、たゞ咲くのみ」

ですから。






では、よい花見日和を。














先週末、スマホを買い替えました。

OSが少しクラッシックになってきて、色々と不都合が出てきたため、渋々お店に見に行ったところ

「(使用期間的に)そろそろ基板がダメになるかもしれないし、データ移行できるうちに変えることをオススメしますよ」

と、スタッフさんにアドバイスをいたき、(ある意味)口車に乗ることにしました(失礼な…)。



さよなら、大好きだったinfobar A01。4年と1ヶ月間ありがとう。

と、冷たくなった機体を撫でながら

「ちょうどレプリカントぐらいの寿命だったなぁ」

などと、映画『ブレードランナー』になぞらえて呟いてみました。


スマホも電気羊、或はユニコーンの夢を見たり、自分の寿命を知りたがったりしてたのかな?

今となっては何も語ってくれないし、仮にそのようなことがあっても、人間のそれとは在り様が違ってワタクシでは知覚できないかもしれないのですが、そんな風に思いながら、スペックが変わりすぎて慣れない新しい機種への戸惑いをごまかす此の頃です。






本当に時間が経つのが早い昨今。

人生、宇宙、全ての答えを遥か後方に抜き去った人間なんて、そんなものです。

そんなわけで、その全ての答えよりは少し手前の、5日前の弘法さんの話など。



3月21日は、弘法大師の本当の命日だそうです。

だからというわけではなく、たぶん連休最終日でよく晴れたため、なかなかの人出でした。

京都の町中では、伝統産業の日にちなんで、着物を着ている人がイロイロと特典を受けられる期間中でもあります。

例えば

市バスと市営地下鉄に無料で乗れちゃうなど。

きっとカワイイキモノ女子がワンサカ見られるだろう、とウキウキして出掛けたのですが、アンティークな装いの方はいつものお姉さんぐらいでした。

あ、しまった。お姉さんに写真お願いするの忘れた…

仕方がないので、自分のコーデだけ。

撮影は、毎度おなじみ、天ふの国の原田さんです。いつもありがとうございます。

紋錦紗の白薔薇の着物も


抽象的な薔薇柄の羽織も


天ふの国で購入したものです。

ワタクシのワードローブの大半は、天ふの国で構成されております。

これに、なつかしのten ten tenで手に入れた

水色の薔薇モチーフのついた羽織紐をあしらい、とどめに薔薇の帯を締めてやろうと思ったのですが、それではちょっと尽くしすぎる女になりそうなので



撫松庵の献上という半幅帯を合わせました。

献上はとてもツブシの効く帯で(もうちょっと言葉を選びなさいよ)、華やかな着物にも、ロマンチックな着物にも、ちょっとイカツイ着物にも、その魅力を邪魔せずに寄り添ってくれる、なかなかのスグレモノです。

下手をすると、これ一本で一年中着物が着られてしまう、ある意味コーデに対して堕落を促す危険帯でもあります。

それは帯馬鹿としては不本意なので、己を鍛えるためと称して、また新たな帯を買ってしまいました。

縮緬に手描きと刺繍の鳳凰の名古屋帯です。

鳳凰は必ず雌雄一対で現れると言われているので、なかなかまっとうな品物と思われ、パッと見は若干愉快ですが、セミフォーマルまでは対応可能そうです。




しかし、これで何枚目だ、鳥の帯?

自由に空を飛びたいと思うほど、窮屈な生活はしてないつもりだけどな…