話し…といったって、今までにも何度かあった危機の時と同じような内容、裁判所を出る時からずっと繰り返してきた内容、を、まるでなぞるように繰り返すだけ。
新しさも面白みもありゃしない。
確かに真剣さは伝わってくる。
真剣さは伝わってくるが、だ。
過去に何度も同じことを言われ、何度も裏切られてきた。
それを、嫌、というほど解らされてきた私の心に、響くものは何一つなかった。
『なぁ、チビィーっ!!チビってっ!!俺はお前じゃないと嫌なんだよっ!!』
相変わらずバカの一つ覚えで繰り返すダーリン。
顔を背け、逃れようとする私を、決して逃すまいと必死に掴まえる。
《痛ぁいっ!!はぁなしてっ!!もぉいやーーーっ!!》
近所の目なんて気にしちゃいられなかった。
大声で叫び、半狂乱で泣きわめき、出来る限りの抵抗をする。
しかし。
私は解っていた。
そんな激しい抵抗をしながらも、きっと最後は折れてしまうんだろな、と。
彼とはもうやっていけない…。
こんな思いを引きずって、同じことを繰り返すのはもうたくさんだっ!!
そんな気持ちも、もちろんあった。
でも逃げたかった。
この苦しみから逃げたかった。
ダーリンを好きとか嫌いとかでなく、自分がどうしたいかとかでなく、ただひたすら逃げたかった。
どれくらい時間が経っただろか…。
あたりはすっかり暗くなっていた。
昼過ぎには帰っていた筈だから、何時間もこうしていたのか…。
すべてのエネルギーを使い果たした私は、彼の腕の中でぐったりとしていた。
もう泣く元気もなかった。
そんな私をしっかり抱きしめ
『俺にはチビしか居ないんだっ!!』
まだ、そう繰り返すダーリン。
えぐッ…えぐッ…
あれほど疲れ果てていた筈なのに、思い出したように再び泣き始めた私。
((終わった…。))
私には大抵パターンが決まっていた。
泣き、わめき、力の限り抵抗する
⇒
疲れ果ててぐったりする
⇒
再び泣く(やや弱々しく)
⇒
陥落(苦笑;)
《えぐッ、えぐッ…。もぉしない?》
『ごめん…。もぉしないよっ。もぉしないからっ…。』
《ほんとに、絶対、もぉしない?》
『しないっ。ごめんな…チビっ。』
《…ふぇーんっ。ばかぁっ。ダーリンのばかぁっ。えぐッ、えぐッ…。》
顔は、涙と鼻水でぐちゃぐちゃ。
泣き叫び続けたせいで、ややむくんでいた。
そんな私を、ぎゅぅッと抱きしめkissの雨を降らせる彼。
暫くしてヨロヨロと立ち上がると、台所で顔を洗う。
泣いたあとに顔を洗わないと、その場も酷い顔だったが、翌日は目が腫れ上がり、もっと悲惨なことになるのだ。
どんな場合でも、私の中のそこそこ最優先事項である(苦笑;)。
『行こか。』
《うん…。》
私達が向かったのは市役所。
婚姻届は既に前日までに用意してあった。
もちろん全て記入済みである。
《ぃやぁっ♪緊張するねぇ♪まぁアタシは2回目なんだけどねっ♪》
そんな高いテンションで、わくわくしなが記入したのだ。
保証人は両方の父親に頼んだ。
そう。
私の両親も、やっと許してくれたのだ。
許したといっても渋々という感じで、もちろん、まだダーリンのことを完璧に認めた訳ではなかったが。
市役所に着いた私達は、夜間受付の窓口を探した。
あたりはすっかり夜になっていた。
本当はもっと明るいうちに来る筈だった。
まさか入籍当日にあんなことになるとは。
それでも【明日にしよう】と言わなかったダーリン。
まだ正式に決定した訳ではないが、借金の方もなんとかめどが立った【この日】に、どうしても入籍したかったようだ。
夜間受付は、暗い中、そこだけボーッと浮かんでいるように見えた。
年配のオジチャンが、こぢんまりと座っている。
「こんばんは。どぉされました?」
『婚姻届を…。』
「あー、はぃはぃ。」
2人でせーのッ、と出した婚姻届をにこやかに受け取ると、ザッと目を通す。
『あの…これって、今日の日付で受け付けになるんですね?』
どうしても【この日】にしたかったのだろう。
ダーリンが確認する。
「はぃ、大丈夫ですよ。」
ホッとした顔のダーリン。
『じゃあ宜しくお願いします。ありがとうございました。』
「はぃ、ご苦労様。お幸せにね。」
『《はいっ!!》』
思いがけず掛けられた優しい言葉が、胸に染み込む。
やっと…
これでやっと正式に【奥さん】になれたんだ。
ダーリンが、何故か私のアパートに住みつくようになり、いつの間にか始まった同棲生活。
丸6年が経ち、7年目に突入していた。
長かった。
本当に長かった。
色んなことがあった。
これからも、もっと色んなことがあるだろう。
それでも、少し光が見えてきた…
そう思っていた。
これで本当に幸せになれる…
本当にそう思っていた。
そして。
ここから
私達の新しい【未来―アシタ―】が始まろうとしていたのだった。
きっと明るい未来が来る…
そう信じて疑わなかった。
この先どんなことがあろうと、必ず明るい明日に繋がっている、と。
【終わり】